掃き溜めのダークオーラクォーツ(13)
馬車に揺られる帰り道も、ハンギングスタンドに鳥籠を戻されてからも、もらったリンゴをモシャモシャと啄んでいる間も。今日の出来事を反芻しては、1人混乱するヴィオレッタ……いや、カナリー。
人間だったはずの自分は「死んでしまった」らしい事、そして父親が自分を「見捨てた」らしい事。更に……ヴィクトワールに託されたラウール達のお仕事内容が、驚くべき秘密だらけだった事。そのいずれもカナリアの小さな頭で考え抜くには、あまりに難題すぎて。……折角の瑞々しいリンゴの甘ささえも、たちまち霞んでいく。
(でも……どうしてかしら。色々とショックなはずなのに、ちっとも悲しくないのだけど……)
どこをどう考えても由々しき事態だし、元には戻れないだろう事を悲嘆するべきでもあるだろう。しかしながら、何かに疲れ切っていたヴィオレッタは粛々とカナリーとしての境遇を受け入れ始めていた。
「カナリー、今日はお疲れ様でしたね。……全く。君くらいは留守番で良かったものを……イノセントは余程、カナリーを気に入ったと見える」
「1人でお留守番だなんて、可哀想だろう? そういう所が、いけ好かないと言っているのだろうに」
「……それは関係ない気がしますが……。いいですか、イノセント。ジェームズはともかく、小鳥などの小動物は環境の変化が大きなストレスになることが多いのですよ。家を長期間空けるのならいざ知らず、ただのお出かけならば、お留守番の方がこの子にとってもいいのです」
「そ、そうなのか⁉︎」
微妙に呆れたやり取りをしながら、お休みなさいとラウールがケージカバーを掛けてくれる。まず、ヴィオレッタがカナリーのままでいいやと思えるようになったのは、この彼らの優しさが心地よかったからだ。
ヴィオレッタが冷たくあしらわれてもラウールに固執していたのは、王族に連なる貴族という事情もあったが……完璧な容貌を隣に留めたいという虚栄心が大部分を占める。常々、目立ちたがり屋でチヤホヤされるのが大好きで、しかもそれを当たり前だと思い込んでいたヴィオレッタにとって、ラウールは名実共にお飾りにするにもこれ以上ない程の逸材だったのである。しかし、こうしてかつての自分を俯瞰してみれば……思い上がりの勘違いが今更ながら、恥ずかしい。
(……あぁ、本当に馬鹿みたいだわ……)
顔は包帯で覆われていたとは言え、傲慢と一緒に贅肉を溜め込んだワガママボディは死に際まで健在だった。もちろん、太っていることがそのまま「醜い」ことにはなり得ないし、健康でさえあれば無理に痩せる必要もない。しかし……自分の全身像を改めて見せつけられた今、その姿が自分の甘えを溜めに溜め込んだものなのだと気付かされては、ただただ生前の傍若無人な振る舞いが悔やまれる。
生まれた時から甘やかされて、両親には可愛いと言われ続けて。父親の部下からも、ありったけのお世辞で誉めそやされて。だけど、彼らの気遣いはあくまでヴィオレッタがブキャナン家令嬢であり、警視の娘だったから提供されていたものでしかない。どれもこれも……ヴィオレッタ本人に注がれていたものではなかった。
それなのに、ヴィオレッタは全てをあたかも当然と受け取っては、勝手気儘に暮らしてきた。そうして、そんな自分を本当の意味で「素敵」だと言ってくれた相手が果たして、かつての記憶にあるだろうかと必死に思い起こして。結局、誰1人いない気がすると……失望の小さな息を吐く。
(……鳴けないカナリアだなんて、意地の悪い趣向だったと思うけど。でも、これは……神様が少しは悔い改めろと、地獄に落ちる前にチャンスを下さったのかも……)
幸いにも、ここの家人達は動物に対して、寛大な理解があるらしい。鳴けない地味なカナリアなんて、価値もないと蔑まれても仕方ないと思っていたのに。にも関わらず、彼らはカナリーという存在をしっかりと可愛がってくれている。その優しさを確かに感じられるのであれば……悔い改める事までは、まだ諦めなくて済むかも知れない。




