クレセント・レディ(9)
「いや〜! やはり、ヴィクトワール様達にご協力いただいたのは、間違いなかったようですな! こうも鮮やかにホシを挙げるとは……お見事です!」
モーリス囮作戦が功を奏し、犯人を無事捕縛できて一安心……と言った調子のホルムズ警部。こうしてメーニックでも手柄を上げたとあれば、ロンバルディア中央署の警察は格が違うと、胸を張れるというもの。これはきっと賞与ものだと、自分は何1つしていないのにも関わらず、既にそちら方面に意識が向いて上機嫌のホルムズの一方で……本来の功労者でもあるモーリスの表情は冴えない。
それもそのはず、目の前でギリギリと猿轡を噛み締めている犯人のこの後を考えると……犯人を捕まえたという安堵よりも、犯人の行末の方が気に掛かって仕方がないのだ。
「お喜びのところ、申し訳ありませんが……犯人の処遇について、1つお願いがあるのです。……犯人の身柄は私達の方でお預かりしても、よろしくて?」
「……はい? えぇと、ヴィクトワール様……それは何故でしょうか?」
勝手に捜査に加わった以上、本来であればそのまま警察に身柄を引き渡すべきだろうが……柔和でありながらも、どこか有無は言わせないとでも言いたげなヴィクトワールの鋭い表情に、仕方なしに黙るホルムズ始め、警官達ご一行。そうして……場の空気が若干トーンダウンしたのを見計らったところで、ヴィクトワールが提案の事由を述べ始める。
「ご覧の通り、彼女は既に普通の状態ではありません。犯行の異常性を鑑みても、日常生活を送る上で正常な判断をできないことは明白。……でしたらば、普通の生活に戻れるよう更生させるのも、一考というもの。……実はですね、王立病院の方では精神異常に対する研究を行っておりまして、更生プログラムの被験者を集めておりますの。この状態ですと、きっと普通の看守の手には負えないでしょうし、是非そちらの研究にご協力いただきたいのです。……いかがかしら、ホルムズ警部」
「し、しかし……そればかりは、私の一存で決めるわけには……」
「あら、そうでしたの? でしたら後日、国王のご署名を添えて陳情書をロンバルディア中央署の警視総監宛に提出いたしますわ。それでいかがかしら?」
「……!」
陳情書と言われれば、言葉だけはソフトだが。陳情者が国王となれば、話は別だ。本来は上位者にお伺いを立てる時に提出するべき書状を、あろうことか国王の署名で出そうとしている時点で……この提案はもはや、一種の脅しに近い。そんなものを出された日には……賞与どころか懲罰ものにもなりかねないと、ヴィクトワールの脅迫にホルムズ警部は一気に青ざめる。
「わ、分かりました! でしたらば、精神異常を理由にそちらにお預けしましょう。ただ……」
「えぇ、分かっていますわ。鑑定が済むまで、ある程度の拘留は必要でしょうね。それに……犯人がいないのでは、そちら様の手柄は霧散してしまいますし。こちらも準備が整いましたら、改めてお迎えに上がりますから……その時はお願いいたしますわ、ホルムズ警部」
そうして最高にキラキラした笑顔をわざとらしく見せつけるヴィクトワールの強引さに、いよいよ恐ろしくなるモーリス。そして……彼女の恐ろしさを身に刻まれたのは、決して自分だけではないと、周囲の顔色を認めては彼らに申し訳ない気分になる。とは言え、きっとヴィクトワールは彼女を悪いようにするつもりもないのだろう。
おそらく、ヴィクトワールは彼女もまた被害者である事を認識した上で、彼女の身の上を気にしているモーリスにも配慮を示したのだ。隣国の犯人の身柄を引き受けるのには、ある程度の手続きは必要だろうが……それでも。天下のロンバルディアに属国のメーニックが逆らうはずもなく。そして、そんな天下の大国で最強と謳われる鋼鉄の騎士様のご威光に……内心でただただ、ひれ伏すモーリスであった。




