掃き溜めのダークオーラクォーツ(9)
「ただいま戻りました……あぁ、そうか。イノセント達はお散歩中ですかね」
キャロルのお見送りを済ませた店主が帰ってきたところで、鳴けないなりにも鳥籠を嘴で突いてみれば。健気な自己主張にしっかりと気づいてくれたのだろう。ラウールが訝しげな顔をしながら、鳥籠の中を覗き込む。
「どうしましたか、カナリー? 餌も水もきちんと替えてあるようですけど……」
餌よし、水よし、掃除よし。キャロルの気配りも行き届いているのだろうが、彼女達はきちんとラウールの言いつけを守っては、カナリーの世話もしっかりとしている様子。しかし……当人には何やら訴えたいことがあるのか、小さな体をフル活用しながら、尚も忙しなく鳥籠を突いている。
「……もしかして、構って欲しいのですか? しかし……どうしましょうかねぇ。開店準備をしなければならないのですけど……」
(折角の2人きり! これは思いっきり、アピールしなくては!)
体はカナリーでも中身はヴィオレッタ。しかし、悲しいかな。そんな内部事情がラウールに伝わるはずもなし。ゼェゼェと息を荒げているカナリーを心配そうに見つめながら、店主は妥協策を実施する事にしたらしい。ハンギングスタンドから鳥籠を外すと、そのまま一緒に1階に降りていく。
「いい天気ですし、カナリーはここで日光浴でもしていてください」
(ちがーう! 出してって言っているじゃ、ありませんの!)
ポカポカと気持ちのいい陽気に照らされて、仕方なしにムスッと体を膨らませてみても。見た目が可愛いだけで、怒っている様子は何1つ伝わらない。それでも、真剣な眼差しでお仕事に勤しむハンサムボーイを観察するのも、意外と悪くないかもしれないと、こっそり思い直すヴィオレッタ。気づけば、一通り掃除を終えたラウールが白い手袋を嵌めて、お見送りのついでに仕入れてきた宝石を入念に確認していた。
「今回はなかなかにいいルースが揃っていましたね。ペリドットも美しいものが揃いましたし……マルヴェリア王国産のエメラルドは色味も質も非常にいい。これであれば、オルヌカン様のオーダーにもしっかりお応えできそうです」
笑顔こそないものの、ウキウキとした雰囲気からラウールが戦果に満足しているのが伝わってくる。続けて、カウンター奥の引き出しから封書と小箱を取り出し、何かの作業をし始めた。
「オーダーはラペルピン……家紋をあしらったデザインに、オルヌカンの穏やかな新緑の色を添えて……と。ここはエメラルドをトップに添えて、チェーン部分にペリドットをあしらいましょうかね」
(このお店はジュエリーのオーダーも受け付けているのね……。それが分かっていれば、私もラウール様に素敵なアクセサリーを誂えてもらったのに)
しかし、既にそれも叶わぬ希望だろうと、カナリアの身でヴィオレッタは諦めの息を吐く。途切れなく柔らかな日差しに穏やかに温められては、鳥の身ではすぐに眠気にも襲われるというもので。人間観察もそこそこに、カナリーはうつらうつらとうたた寝をし始めていたが……。その柔らかな時間が突如、電話のベルで中断される。
「はい、こちらアレクサンドリート宝飾店……と、あぁ。なんだ、ヴィクトワール様ですか。いかがしましたか?」
事もあろうに、ロンバルディア騎士団長相手に「なんだ」と応じて、不機嫌な声を上げるラウールだったが。最初からシワを寄せていた眉間が更に深さを増したのを見るに、お話の内容がかなりよろしくないらしい。彼の様子をハラハラとしながらカナリーが見つめていると、ラウールが思いもよらぬ事を呟き始める。
「……そう、だったのですね。あの日助けたのが……まさか、ヴィオレッタ嬢だったとは。俺も全然、気づきませんでしたけど……それで? えっ? それは……本当ですか? そう、そうですか……。それはそれは、お可哀想に……」
(わ、私? 助けたって……何のことですの?)
「これだから、貴族様は薄情でいけませんね。……えぇ、えぇ。分かりました。そういう事でしたら、今日にでもそちらにお伺いしますよ。……しかし、何の因果ですかねぇ。ヴィオレッタ嬢のお葬式に参列する日が来るなんて」
(……今、なんて? ラウール様、なんて仰ったの? 私のお葬式、ですって……?)
最後にチンと受話器が置かれた力ない音で、会話が途切れるが。今の今までの状況整理が追いついていない上に、更なる状況悪化のお知らせまでいただけば……カナリアの小さな頭は混乱を通り越して、思考停止に陥る。いくら夢だと思い込もうとしても……身に降り注ぐ暖かな日差しの温もりは、残酷なまでの現実味を帯びていた。




