掃き溜めのダークオーラクォーツ(7)
「店長、このローラーカナリア、どうします? 付け子なのに、ウンともスンとも言いませんけど」
「参ったな……歌わないんじゃ、手元に置いておく意味がない。仕方ない、この子も売りに出すか。値札を出して……そうだな。値段は他の子の3分の1にしておけ」
夢なのに朝が来て、夜が来て……いつ終わるとも分からない繰り返しを、虚な瞳で見つめていると。明る朝、鳴きもしないヴィオレッタに、店も痺れを切らしたらしい。カナリアの知識がないため、ヴィオレッタには彼らの言っていることは全て分からないが……自分が安売りされるくらいに、失望されていることはハッキリと分かる。
(そんな事、言われても……。私、声すら出ないのだけど……)
取り替えられたばかりの新鮮な水と、パンくずとで優雅な朝食を摂りながら、心の中で言い訳しているのが兎角、虚しい。
因みに付け子とは、鳥達の「鳴き声の模範」とするために混ぜ込む個体の事で、指南役に選ばれたらしい彼女……「ローラーカナリア」は歌声に特化して品種改良された種だ。色味は地味な傾向はあるものの、歌声の方に価値を置かれる品種でもあるため、カラーカナリアとは審美点の基準も異なる。
しかし、夢の中の彼女は声を出すことができない設定なのか……ローラーカナリアならではの最大の美点を削ぎ落とされていた。おそらく、生まれついてのちょっとした障害なのだろうが、常に鼻が詰まり気味で呼吸も苦しい。その上、舌の筋肉も弱々しく、他の鳥達が美味しそうに啄んでいる穀物の餌をあまりうまく食べることもできない。
(ま……私はあんな鳥の餌は、まっぴらゴメンですけど)
ガラス越しで羨ましそうにこちらを見つめている鳩に見せつけるように、パンくずをもそりもそりと食べながら……カナリアの身だというのに、ため息をつく。こんなことなら、あの白パンを食べておくんだった。カラカラに乾いて、事あるごとに舌に張り付く朝食に嫌気を覚えながら、遅すぎる後悔をするヴィオレッタ。食べ物を粗末にしてはいけませんと、教えられさえもしてこなかった彼女ではあるが。今更ながらに、あの純白の輝きが懐かしい。
***
「ラウール、こんな所に鳥が沢山いるぞ! これ、何の鳥なんだ?」
「えぇと……これはカナリアですよ、イノセント」
「カナリア?」
今日は休講日ということもあり、店に帰る前にヴランティオで遅めの朝食を頂きましょうと、目抜き通りを歩いていると。その一角に、真新しいペットショップが軒を連ねていた。きっと、客寄せの意味もあるのだろう。ガラスのショーケースには色とりどりの鳥達が放鳥されており、ある程度の仕切りはあるものの……大まかな種類ごとに、相当の広さを充てがわれている。
「カナリアは鳴き声と美しい色とを持つように、品種改良された鳥でしてね。ペットとしてもメジャーな種類だと思いますよ」
「おぉ〜! そうなんだな! あぁ、確かに……どの子も綺麗だな……」
「そうですね。イノセントはどの色が好きですか?」
「う〜ん……やっぱり赤がいいな。ほら、あの子なんか、キャロルの髪と同じ色をしているぞ?」
【ワンッ(ホントウだ)!】
仲のいい家族よろしく、ショーケースに張り付いていると……何かを訴えかけるように、こちらに向かってガラスケースをけたたましく突く個体がいるではないか。その様子に驚いて、ラウール達が見つめると。視線の先ではくすんだイエローとモスグリーンの、やや地味なカナリアが息を荒げていた。
「……こいつだけ、妙に地味だが……」
「えぇと……あぁ、なるほど。この子はきっと、その札にある“ローラーカナリア”なのでしょう」
「ローラーカナリア、ですか?」
「うん。色よりも鳴き声に特化した品種で……おや? どうして、こんなに安くなっているのでしょうね?」
「地味だからじゃないのか?」
「いや、それはそうかも知れませんが……ローラーカナリアは地味だろうと、普通のカナリアよりも貴重なはずなんですけど……」
ラウールが不可解だとばかりに首を捻っていると、ローラーカナリアの必死な様子が可哀想になってきたのだろう。ラウール以外の全員が何かを訴えるような眼差しで、彼を射抜くように見つめている。
「……飼いませんよ。それでなくても、ウチにはこんなにも立派な番犬がいるではないですか」
「犬と鳥は違うぞ。……なぁ、ラウール」
「ダメです。大体、面倒は誰が見るのです、誰が。生き物は生半可な気持ちで飼うべきではありません。毎日餌を替えてやらなければなりませんし、掃除だってしてやらないといけませんよ? それに、カナリアは温度管理が非常に難しいと聞いたことがあります。俺達のように何も知らない人間に飼われても、却って可哀想です」
「そうですよね。ラウールさんの言っていることは正しいと思います……。ですけど……こんなにも安くされてしまっているという事は、そのうち……」
【キュぅん……】
3対1のあまりに劣勢な状況で、ここで頑としてカナリアを拒否したら、全員に薄情者だと思われるに違いない。そんな家族会議の間も、何かをアピールしているカナリアに目を向けては……やれやれと、ラウールが肩を落とす。そうして他の全員にきちんと世話をする約束をさせると、いそいそと店に入らざるを得ないのだった。




