掃き溜めのダークオーラクォーツ(6)
(ここはどこかしら? 私、どうなってしまったの……?)
途切れ途切れの意識の中で、目覚めたところで置かれている状況が今ひとつ、分からない。分かっているのは自分がヴィオレッタ・ブキャナンだった事と、目覚めた場所は見覚えのない鳥籠らしき場所という事だけ。
(これは……夢、かしら?)
きっと、夢に違いない。少しずつ状況を飲み込み始めたヴィオレッタを見つめているのは、巨人にしか思えない沢山の人間の顔ばかり。そして、自分が留まっている横には巨大化したとしか思えない、美しい色を纏った鳥達がギュウギュウとひしめき合っている。そのお陰かとても暖かく、穀物のようないい香りがするが……。しかし、段々と自分の立場にも気づく、ヴィオレッタだった小鳥。どうやら……自分は夢の中でさえ、日陰者に落ちぶれているようだ。
「ねぇ、パパ! この綺麗な黄色い鳥にしようよ!」
「ふぅむ……そうだな。色は綺麗に越したことないな」
「やっぱり、飼うならレモン色がいいわ!」
「そうだね。しかし……こっちの奴もカナリアなのか? 随分と地味な色だな……」
「赤い色がいいの! ねぇ、ママ! 赤い子がいいな!」
「あら、そう? でも、こっちの黄色い子も捨てがたいわ……」
カナリアになった夢を見ているのはいいが、どうも……様子がおかしい。来る日も来る日も、自分達が展示されているショーウィンドウには沢山の客がやってきて、周りの美しい同僚達を買い求めていく。そして、欠員を補填するかのように、毎日新しい同僚が入ってくる。だけれども……自分だけがひたすら、そのサイクルに乗り遅れているのが惨めすぎて。夢の中くらい、楽しい思いをさせてくれてもいいものをと、恨めしげに思うものの。窮状を訴えようにも、媚を売ろうにも。言葉を紡ぐには、彼女の舌はあまりに不器用だった。
***
「その人、大丈夫だったのでしょうか……」
「さぁ……この先は俺達にはどうすることもできないし、あちら側にお任せする他、ないと思うよ。だけど、身元も分からない以上、ご家族に知らせることもできないとかで……しばらく、別の意味でも落ち着かないかも知れませんね」
人命救助に勤しんだ結果、お迎えが遅くなった上に、服も泥だらけとあっては辻馬車のご厄介になるのも忍びない。そうして、仕方なしに宿泊込みで遅めの晩餐をブランネルとご一緒しているが……やはり、ラウールとしては衣装のサイズ感が非常に気色悪い。
「……それはそうと、どうして爺様の所に俺の着替えがあるんでしょうね……。また、何か企んでいたんですか?」
「もぅ、ラウちゃんは警戒心が旺盛なんじゃから。可愛い孫がいつお泊まりに来てもいいように、ちゃーんとお着替えを用意してあるだけじゃよ? のぅのぅ、サイズもバッチリじゃろ? 余はラウちゃんの事は何でも知っておるのじゃ! 身長が177センチで、体重は65キロ。チェストは90センチに、ウェストは69センチ。更に、ヒップは88センチじゃったかの? ……モリちゃんよりも、ラウちゃんの方がちょっぴり細身じゃな」
ブランネルは双子の身長体重の上に、スリーサイズまで把握しているらしい。あまりにマニアックすぎる数値の暴露に、ラウールは悪寒が止まらない。
「……ゔ、いいなぁ。ムッシュ、今度は私の分も用意しておいて欲しいぞ。……ダボダボの寝巻きでは、格好がつかん」
「あぁ、すまんのイノセント。お主の分はなかったのぅ。そうじゃな。例の装備のついでにイノセントのお着替えも仕立てておこうかの。ムフフ! 孫が増えて、余は満足じゃ〜。あっ、因みにの。キャロルちゃんのサイズは捕捉済みじゃから、心配せんで良いぞ?」
「えっ? そ、そうでしたか……」
何故か得意げなブランネルの申告に、まごつくキャロルを他所に……精密な数値の情報漏洩ルートを鮮やかに悟るラウール。なるほど、彼はどうやら……先代共々で贔屓にしていた、ちょっとした高級テーラーを手懐けていたようだ。
「……次にお邪魔した時は、タムロックさんを締め上げましょうかね……?」
「あ、ラウちゃん……もしかして、怒っとる? 怒っとるの?」
【……チチウエ。これはオコっているのもあるけど……タブン、キモちワルいのホウがオオきいとオモう。スリーサイズまでハアクされたら、ミョウにナマナマしくて、キショクワルい】
「ほよ? そういうもんかの? 今まで、余が口説いた子女はサイズもバッチシでドレスを仕立ててあげると、とっても喜んでくれたんじゃが……」
彼女達の喜びは、国王からの贈り物という箔付け込みのぬか喜びに違いない。
博愛主義者にして、若い頃は恋愛上手のプレイボーイ。恋愛の手練手管を愛人を囲う目的から、孫を懐柔する目的へそのままシフトさせたとて、上手くいくはずもなし。それでなくても、元国王のブランネルは恋愛の機微に関してはやや浮世離れしている。世間様からの浮き加減を存分に発揮されて、プライベートに踏み込まれたところで……どこまでも迷惑なのは、否めない。




