掃き溜めのダークオーラクォーツ(5)
遠巻きにこちらを窺うように見つめている被疑者3人を尻目に、このまま放置するわけにもいかないと救援を待つラウールとイノセント。そんな状況で先に到着したのは、あいにくと彼ら側のメッセンジャーだったが……どうも、希望の星の表情があまりに冴えない。そうして、やや冷めた視線で状況を見つめれば。……彼らと仲良しこよしの刑事さんが、失脚していたという内部事情が漏れ聞こえてくる。
「な、なんだって⁉︎ それは何の冗談だ⁉︎」
「冗談ではありませんよ、父上。警視は先日、降格遊ばしたとかで……現在はマリトアイネスの巡査部長になっているそうでした……」
「ま、まぁ! でしたら……どうしますの? このままでは、お兄様は捕まってしまうではありませんか」
「な、どうして捕まるのが僕なんだ⁉︎ 母上が急げと言うから、スピードを上げていたのが原因じゃないか!」
「なんて事をおっしゃるの? 私は当然の指示を出したまで。これはあなたの失態ではありませんか」
ラウールとイノセントの前で繰り広げられるのは、素敵な素敵な家族会議。その惨憺たる有様に、ラウールもイノセントも呆れる以外にすべき事が見つからない。
「……なぁ、ラウール。あいつら……何をそんなに揉めているんだろうな。この場合、全員まとめてしょっ引かれるでいいんじゃないか?」
「あぁ、この状況であれば、可能でしょうね。大元の事故による傷害罪に、それを揉み消そうとした証拠隠滅罪。更に、誰1人被害者を助けようとしなかったことによる、救護義務違反。しかも、俺とイノセントという証人付きです。言い逃れも難しいでしょうね……っと、こちら側の救援もやってきましたかねぇ」
相変わらず派手なご登場なのだから……と眉を顰めるラウールが見つめる先からは、物々しい大型車を従えた小型のタンクがやってくる。かの白髭公は自前の王立病院の救急センターではなく、旧知の別働部隊を頼ることにしたらしい。アーミーグリーンに白十字が眩しい大型車は紛れもなく、ロンバルディア騎士団の傷病者搬送用の救護車だった。
「ラウール様にイノセント様、お待たせ致しましたわ! このヴィクトワールが馳せ参じたからには、もう心配ございませんことよ!」
「……それは頼もしい限りですね。名乗り口上は結構ですから、とにかく彼女をお願いできませんか? ……かなりの重体ですので、すぐにでも処置をしてやってほしいのですけど」
「承知いたしました。あなた達、出番ですわ! 怪我人を助けて差し上げなさいな!」
戦車のコマンダーキューポラから顔を出し、嬉々として衛生兵に指示を出しつつ、騎士団長ご自身は颯爽と降りてくるものの。ヴィクトワールのご威光を前にしては、流石の高貴な面々も家族会議の熱狂ぶりを鎮めずにはいられない。そんな彼らの様子に、イノセントが勝ち誇ったような顔をしているが……妙に得意げな娘もどきに、一方の父親もどきもやれやれと肩を竦めて見せる。
「ところで、ラウール様。こちらの方達はお知り合いですの?」
「いいえ? 悪い印象以外の面識は一切、ありませんね。馬車で人を撥ねておいて、自分達は貴族様で汚れるのは嫌だと……怪我人を放置するような天上人とは、お知り合いにもなりたくありません」
「な、なんと、嘆かわしい……! ラウール様とイノセント様はこんなにも泥塗れなのに……まさか、あの方達は何もなさらなかったとおっしゃるの⁉︎」
「そうだな。それどころか、ラウールが手伝ってくれと言っても、一歩も動かなかったぞ」
ここぞとばかりに、天上人の薄情さをヴィクトワールに告げ口する、ラウールとイノセント。そうされて堪らないのは、高貴な方々の方であるが……ラウール達の告げ口が事実でしかないため、彼らの言い分はどこまでも言い訳にしかならないのが、ますます滑稽である。
「そ、そのようなことは……!」
「そうですわ! これでも、一応は手伝おうとしましたのよ⁉︎」
「ふ〜ん……だって、ラウール。これは何の罪になるんだ?」
「当てはまりそうなのは、偽証罪ですかね? ……傷害罪と証拠隠滅罪、それでもって救護義務違反に偽証罪まで追加。おめでとうございます。役はそれぞれ違いますが、4人分の罪状が見事に揃いましたね。これは刑務所一直線の花道を飾ったことになりますか?」
綺麗なままの足元で白々しいお言葉を並べても、説得力は皆無というものである。頼れる相手もいなければ、言い逃れもできない状況に……面白い程に4人揃って顔面蒼白の彼らに、心のこもった温かい拍手を贈るラウールにイノセント。
どこの誰かは存じませんが。やっぱり、鼻持ちならない貴族は大嫌いだと……デビルスマイルで口元を歪めずにはいられないラウールなのであった。




