砂漠に眠るスリーピングビューティ(22)
「お呼びですか、マスター」
「うん、呼んだ。……悪いんだけど、ユアン。これからすぐにマーキオンに発って欲しいんだ」
「マーキオン、ですか?」
仕事のご用命があると、仕方なしに参上すれば。バイコーンの仮面越しでも分かるアレンの困り顔に、嫌な予感を募らせるユアン。彼のこの表情が意味するところは、たった1つ。組織にとって、かなりの不都合が発生したのだろう。
「今回もヴィクトワールにしてやられたみたいなんだ。……まさか、ラディノがアレの存在を知っているなんて思いもしなかったけど……ま、彼は戦場一筋の将軍だったからねぇ。……マーキオン遠征に参加していても不思議じゃないか」
「あの、マスター……」
話の趣旨が見えなくて困惑しているユアンの様子を、どこか面白そうに見つめながら……「あぁごめん」と、わざとらしく肩を揺らすアレン。そうして、話の概要とお仕事の内容を説明し始める。
「……マーキオンには、元凶の魔石の1つが眠っていることが分かっていてね。昔から呪いだの何だのと、騒がれていたけど。ロンバルディア王宮に内緒で、ノアルローゼが勝手に発掘調査をしていたみたいでさ。表向きは遺跡調査の名目で、それとなく活動していたらしいんだ。だけど……ほら。この間の船での一件でノアルローゼの主力は全員、失墜していただろ? だから、資金のバックアップをヴィクトワールが引き継いだんだよ。だけど……」
あの女狐め、とアレンが忌々しげに鼻を鳴らす。
ヴィクトワールがそんな酔狂に乗り出したのは、他でもない。ラディノから、遺跡の正体を掘り返していたからだ。
現役時代、ラディノはマーキオンの蜃気楼の中に存在していた隠れ里で、伝承をひっそりと受け継ぐ原住民との邂逅を果たしていたらしい。そこで、広大な砂漠に神の船が埋まっているという神話を持ち帰ったのだそうだ。
「その生き証人がこの破片なんだけど……はい、これはユアンにあげるよ」
「あ、ありがとうございます……。しかし、これは?」
事も無げに伝承の証拠物品を放っては、寄越すアレン。そうして、受け取った金属片をマジマジと見つめれば……それは無機質なように見えて、ジリリと確かな余熱を宿している。
「それは神の船の原料でね。実は同じ物質がクロツバメ鉱山からも見つかっている。……主成分はプラチナと金みたいだけど、組成には地球上には存在しない物質も含まれているらしい。なんだけど……それ、とっても貴重なものでね。なかなか採掘もされない金属なんだよ。だから、僕もマーキオンの神の船とやらが丸ごと欲しかったんだけど……」
「だけど……?」
「ヴィクトワールが派遣した鑑定士が気を利かせてくれたみたいでね。船内を探索した挙句に、有害物質を見つけたとかで……神の船ごと沈めたらしい。しかも、調査に派遣していたこっち側の調査員も一網打尽にしやがって。だから……」
「……なるほど、そういう事ですか。私の任務は、同胞の解放で合っていますか?」
「うん。半分、合ってるかな。……お気に入りまで充てがってやっていたのに、アンディにはがっかりだよ。何のために、ロンバルディア公認の考古学者に仕立ててやったと思っているんだ」
アンディと言うらしい考古学者を一頻り罵った後、大袈裟にため息を吐いては、アレンがユアンに向き直る。その丸顔にはいつもの柔和な微笑みが戻っているが、双眸は冷たい光を宿したままだ。
「……アンディは捨ててきて構わないよ。で……救出が難しいようだったら、他の奴らも要らないや。最優先で拾ってきて欲しいのは、調査結果の報告書とデータの方。特注の探査レーダーを持ち込んでいたみたいだから、特にそこに入っているデータは絶対に回収してきて。言っとくけど……失敗は許さないからね」
「でしたら、すぐにでもマーキオンに発つとします。……私はここで退出しても?」
「もちろん、それでいいよ。あぁ、そうそう。今回もお前にはとびっきりのご褒美を用意しておくからね。しっかりと頑張ってきてくれよ?」
「……かしこまりました」
ご褒美の内容を今更、聞く必要はないだろう。ズキリと痛む胸を抑えながら、異常な威圧感からの脱却にひとまず安堵の息を吐く。
飼い殺しの境遇を変えるのは、何よりも難しい。この悪夢から目覚める時はきっと、この身が砕け散る時。そんな事は分かりきっている。自由になるのだって……本当はいつでもできる。それでも……最後まで出来る限り足掻いて、足掻いて。いつか、望む形で自由になるために。ユアンはマルヴェリアを越えた先に広がる、マーキオンの砂漠風景を思い描きながら……朝焼けの白み切った空を見上げていた。
【おまけ・ターコイズについて】
通称・トルコ石、モース硬度は約5.5。
トルコ石と言いはしますが、現在のトルコでターコイズが産出される事はありません。
美しい青や青緑色が印象的な宝石で、古くから装飾品として活用されてきましたが……かなり脆い石でもあるので、天然物が残ることは珍しいみたいです。
脆さをカバーするために古来からオイル処理などが行われてきた歴史も持ち、模造宝石の出現も早いとされています。
そんなターコイズは、「スリーピングビューティ」と呼ばれる綺麗な空色のルースが最高級品とされます。
アメリカのスリーピングビューティ鉱山(今は閉山しています)で産出される物が特に有名だったため、そちらに因んでそんな通称名がついたそうでして。
濁りのない綺麗なパステルブルーは、鉄分の含有量が低いために保たれる色なのだとか。
そんな高級品だけではなく、ターコイズは産地の地質によって色んなタイプがあるため、自分好みの石を探すのも楽しい宝石だと思いますです。
【参考作品】
『エイリアンVS.プレデター』
エイリアンの尻尾に興奮するのは、作者だけではないはず。
爬虫類っぽい生物は見るだけでワクワクしますね(えっ? しませんか?)




