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砂漠に眠るスリーピングビューティ(21)

「こうなる事は分かっていたとは言え、遣る瀬ないな……」

「そうですね。……最適な選択肢だと分かっていても、スッキリしません」

【……ジェームズ、ナットクムズカしい。リカイはできるが、モヤモヤする】


 フラリッシュに示された「避難経路」を辿って、ようやく脱出叶えば。視界に広がる砂の大地に、太陽が赤々と沈みかけているのは、どこか幻想的ですらある。しかし、吸うだけで美味い空気に向かって深呼吸してみても……イノセントの憂いを痛いほどに理解したからには、ラウールもジェームズも気分を晴らすことはできない。


 フラリッシュの最後のお願い……それは、()()()が2度と起き上がらないよう、強固な封印を施すことだった。制御室の最奥にあった台座に収まった彼女は、恒星の原石から注がれるエネルギーを消化すると同時に、原石の力を削ぐためだけの歯車として、眠りに就くことを選んだ。

 ……そう、その眠りは一種の麻酔。強力すぎるエネルギーを希釈する濾過装置が、痛みで壊れてしまわないように選択された過ごし方でしかない。だからこそ、コアもフラリッシュ少年も。ようやく呪い(眠り)解かれた(醒めた)のを幸いと、荊の揺りかごから逃げ出したのだ。

 しかしその逃亡を許せば、()()()()()に大打撃を与えかねない。だからこそ、コアを取り込んで完全体となったフラリッシュは、間違いがあっても身動きさえも許されないようにと……自身に荊の楔(拘束銃)を打ち込むことを望んだのだった。


「……さて。ひとまず、ランベッハに戻りましょう。色々とヴィクトワール様に文句を言わないと(報告をしないと)いけないこともありますし、何より……」

【レイのコウコガクシャを()()()()には、センテをウつにコしたことない。ここはこっそりカエったホウがいいな】


 その通り……とラウールが少しばかり無理をして、戯けた様子でジェームズに応じる。そうして、太陽と一緒に気分も沈ませているイノセントをあやすように抱き上げては、遠くに見えるオアシス(ランベッハ)を目指して歩き出した。このままアンディの元に帰ったら帰ったで、驚嘆と恐怖とを存分に提供してやれるのだろうが。きっとレベッカの帰りを待っている彼らには、夜の極寒で震えていただいた方が余興にもピッタリだろう。


「ほら、イノセント。元気を出して。帰ったら、シャワーを浴びて……美味しい物を食べましょう?」

「そうだな……。あっ! だったら、ラウール! 私はアイスクリンを食べたいぞ!」

「意外と元気がありますね、イノセント。アイスクリームは結構ですけど……この調子でしたら、心配は必要なさそうですか?」

【ジェームズはジャガイモとブロッコリーがいい……】

「おや? ここは生ハムと思ったのですけど……あぁ、そうですよね。俺もジェームズに同感です。……しばらく、肉料理はいらないです」

【アゥン……まだ、ハナがイタいぞ……。オモいダすだけで、アタマがウズく】


 肉食動物達の貪欲な饗宴を見せつけられて、彼も別の意味でお腹一杯なのだろう。ジェームズにしては珍しい、ヘルシー指向のリクエストに苦笑いをしながらも、ラウールもお献立はサラダがいいと考えていた。


***

「そうなのですね? 分かりました……ふふ、そう。イノセントもお疲れ様でした」


 無事にお仕事を終えたラウールから、お帰りの予定について連絡が入ったとかで……学園長室の電話をお借りしているが。向こうでは、ラウールから受話器を強奪したイノセントが胸を張っているのが目に見えるようで、キャロルは笑いが堪えられない。


『キャロルにも、私の活躍をしっかり聞かせてやるぞ! それでな……』

『イノセント。そろそろ、受話器を返してください。通信費もタダではないのですよ』

『ラウールのケチ……こうなったら、ジェームズ! 部屋で思いっきり、ボヨンボヨンするぞ!』

『それもダメです! コラっ! イノセントもジェームズも廊下は走らない! いい加減にしなさいッ!』


 受話器越しでさえも分かる程に、有り余る元気を爆発させている娘もどき(イノセント)愛犬(ジェームズ)。そんな彼女達の子守に苦労しているラウールの様子がいよいよ、おかしい。そうして、賑やかな空気の一端を感じ取っては、キャロルは愉快な気分になると同時に、どこか安心していた。


『……騒がしくて、ごめん。そっちに着くのは3日後になるから、まだしばらく会えないけど……もう少し、ヴランヴェルトで待っていてもらえますか?』

「はい、分かりました。でしたら……私は待ちがてら、美味しいコーヒーを用意しておきますね。知ってました? 今、ツバメコーヒーさんから春の限定ブレンドが出ているんですよ? そちらを買ってありますから、楽しみにしていてください」

『……そんな事を言われたら、すぐにでも帰りたくなるではないですか……。まぁ、俺としてはコーヒーも楽しみですけど……やっぱり、キャロルに早く会いたいです』


 最後はどこかしおらしく言いながら、ラウールが名残惜しげに受話器を置く。一方で、寂しげな彼の言葉の余韻を反芻しながら……ムッシュに言われたことも思い出すキャロル。


(0か1……かぁ。でも、今のはどちらでもない気がする……)


 無愛想な態度で周囲に不愉快な思いをさせているのではないかと、心配していたが……それは要らぬ心配どころか、失礼な気苦労だったと息を吐く。

 興味があるか、ないか。そのどちらかだけだとされていたラウールに混ざり始めた、明らかに別次元のものと思われる複雑で豊かな感情。ラウールは()()()()()に複雑な人物であったことは、間違いないが。今の彼が見せた複雑さは面倒どころか、嬉しい変化なのだと考えて。キャロルは自然と頬を緩めていた。

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