砂漠に眠るスリーピングビューティ(20)
【うん、いいわ……この感じ。ふふ、素敵よ……】
フラリッシュ少年に、古代天竜人のミイラに……そして、レベッカまでも取り込んで。コアと呼ばれていたスリーピングビューティは、通称名に相応しい優美な姿に変貌を遂げていた。鮮やかな空色の鱗に、絶ゆる事なき輝きを湛えた金色の角。しかし……何故か、翼の再生だけは叶わないらしい。根本を残すばかりで羽ばたく事さえできないザマでは、自由に空を飛ぶことはできないだろう。
【どうして、かしら……どうして、私には翼がないの……?】
「……もう飛ぶ必要がないからだよ、コア。私達の主人は人間と共に暮らしていくために、その覚悟を示したのでしょう? 高い所から見下ろすだけでは、見なければいけないものも見えなくなる。高い所にいるだけでは、地を這う者の苦労は分からぬ……と」
彼らは侵略者ではあったが、略奪者ではなかった。手折られた翼は、この地で生きる覚悟の証。きっと彼らは人間達と手を取るために、船と一緒に異形の姿さえも捨てようとしたのだろう。
フラリッシュはどこか寂しそうに、首を振りながらも……スリーピングビューティを諭すように言葉を紡ぐ。
「だから、私達も彼らの決意をしかと受け継がなければ。……コア、もういいでしょう? 沢山食べて、そろそろ眠たくなったのではないですか? 今度は私も一緒に眠ってあげますから、だから……」
フラリッシュがもう一度、スリーピングビューティの説得を試みるが……彼女にとって「眠る」というキーワードはどんな形であれ、禁句だったらしい。最後の砦であるフラリッシュが思い通りにならないと分かるや否や、ギロリと口元に牙を覗かせては彼女に襲いかかる。
(ラウール!)
「分かっていますよ! 今度こそ……狙いは外しません!」
このままフラリッシュを取り込まれたら、望みが潰えてしまう。すかさずジェムトフィアを構えては、ラウールは再びの光の拘束を試みる。
先程はレベッカという導雷針がいたがために、自分好みの美女にまっしぐらだった拘束銃も、今度ばかりは選り好みをするつもりもないらしい。ラウールが発砲した手元から光の鎖を吹き出して、眠り姫を荊で雁字搦めにし始めるが……。
【こんな所で、諦めてたまるものですかッ! 私は自由になるの……! 今こそ、目覚めの時! 誰にも邪魔させないッ!】
ビリビリと鱗を刺激する鎖さえもアッサリと振り解いては、フラリッシュに向き直るスリーピングビューティ。しかし……その姿は荊に守られる眠り姫ではなく、寧ろ姫君を食い物にする悪竜のそれだった。
「どうやら、核石までのアプローチが不十分ですか? ……そう言えば、いつの間にかお腹の穴も綺麗に埋まってますね……」
(核石を補填して、所定の場所にきちんと移動できたんだろう。だとすると……)
「核石があるのは首、ですね。さて……どうやって掘削しましょうか」
(私をこのまま使うのでもいいだろうが……少し、時間がかかりそうだな。……あっ、そうだ!)
【どうした、イノセント。……ナニかキづいたのか?】
(ふっふっふ……ここは私に任せろ! 秘密兵器を使う時が来たのだ〜!)
「……はい?」
緊急事態だというのに、どこか戯けた調子で自信満々に宣言したかと思うと、勝手に元の姿に戻っては……胸元のポケットをゴソゴソとやり始めるイノセント。彼女が取り出したのは曰く、秘密兵器の塩酸の瓶だった。
「……あ、なるほど。ターコイズは不溶性の鉱石ではありますが、熱した塩酸であれば溶けますね」
【そうなのか?】
「えぇ。ですから……イノセント、とってもいい考えだと思います! そいつを思いっきり熱して、彼女の首にお見舞いしてください!」
「ふふん! そうだろう、そうだろう! それじゃぁ……行くぞ!」
瓶ごと溶かすような勢いの炎を操るイノセントが、火炎瓶と化した秘密兵器を思いっきりスリーピングビューティの喉元に投げつける。完璧な投擲フォームはどこで覚えたのだと言いたいのも堪えて、突然の刺激と熱に驚いている眠り姫に今度こそお休みいただこうと……ここぞとばかりに、拘束銃で更なるお熱を注ぐ。幾重のしつこい光の鎖で身動き1つ取れなくなった眠り姫に、童話の王子様とは真逆のご提案で「お休み」のご挨拶をしてみるラウール。
「“Bonne nuit”……おやすみなさいませ、スリーピングビューティ。そして……砂漠に抱かれ、2度とお目覚め頂かぬよう、お願いする所存です」
【……! グル……グルルル……!】
しかし王子様のご提案はあまりに不服と、まだ口答えをする元気があるらしい。尚も眠りたくないと駄々をこねる、ワガママな眠り姫に追撃を加えてやれば。その後はただただ、恨みが籠った視線を寄越すばかりに成り下がる。あまりに惨めな有様の彼女に、悲しげな表情でフラリッシュが歩み寄る。そうして、役目を果たしましょうと……最後のお願いをラウール達に投げかけるのだった。




