砂漠に眠るスリーピングビューティ(19)
【こんなトコロにいたのね、ワーカー。さぁ、あなたもこっちにいらっしゃい】
「……コア、私を吸収した後はどうするつもりなの?」
【もちろん、ワタシタチはジユウになるのよ。みんな、イッショに……ね】
骨と皮だけだとばかり思っていた怪物……フラリッシュのコアは意外にも、温厚な様子でフラリッシュ少女に話しかけてくるものの。結局のところ、目標がフラリッシュ少年と同じ目的地に向いているのが、非常によろしくない。しかも、自身の騒音で引き連れてきた古代天竜人達も吸収しようと、その場で踊り食いを始めるのだから……ミイラの相手は省けて助かったという安堵以上に、繰り広げられる絵面がただただ、悍ましい。
「……そう言えば。拘束銃が効果を発揮した時点で、天竜人の成れの果ても何らかのカケラだと考えて、良さそうでしょうか?」
(……だろうな。おそらくだが、恒星の原石に近づきすぎた際に心臓が鉱石化しているんだろう。来訪者が生み出されるまで、幾度となく恒星の原石への触れ方を間違えては……中途半端に永遠の命を得た者が存在したことは、私も知っている。彼らの変質は、お前達が核石を心臓として生きている仕組みに似ているのかもしれん。しかし……彼らは理性の確保よりも、生命維持が優先されているんだろう。外側を腐らせて、理性を失っても……核石が鼓動する限り、命を捨てることはできない)
「……なんて痛ましい事でしょうね。あんな状態で生命維持をされても、迷惑以外の何物でもありません。これでは、タチの悪い飼い殺しではありませんか」
手元の物知りなダモクレアとお喋りをしている間に、コアはおつまみで小腹は満たせたのか……怪物にお誂え向きなゲップを漏らしては、醜悪な吐息を撒き散らし始めた。目の前で繰り広げられた共食いも悪趣味だったが、骨と皮だけの姿は変わらないままで膨張し始めたその姿は、ひたすら不気味である。
【……まだ、足りないわ。やっぱり、あなたがいてくれないと……私、完全には戻れないみたい】
「コア、どうしてお前は元に戻ろうとする? 私達が分裂した理由を、覚えていないのです?」
【勿論、覚えているわよ? 私達を弱らせて、眠らせるためよね。だって、そうでもしなければ……恒星の原石は熱暴走を超えて、超新星を迎えてしまうもの。私はスリーピングビューティ……眠り続けることで、この船の呪いを抑えるための存在。だけど……ねぇ、どうしてかしら? どうして、私達だけそんな思いをしなければならないの? どうして……私達だけ、自由にしてもらえなかったの?】
ねぇ、どうして?
まるで子供が母親にせがむように、自分よりも遥かに小さなフラリッシュ少女に質問を浴びせる、スリーピングビューティ。何もかもが色褪せた色彩の中にあって、瞳だけはその名に恥じない美しい色を失わないまま……悲しげな虹彩と声色で、フラリッシュ少女を問い詰める。
「私達が自由を求めれば、多大な犠牲を払うことになる。……忘れたのですか? この船を諌めるために、天竜人と人間とが昔から綿々と行ってきた贖罪を」
どこか詰るような質問に……見た目は幼い少女なのに、どこか厳かな調子でフラリッシュ少女がゆっくりと諭すようにコアに答える。そんな彼女の説明によれば、そもそも食糧生産システムが残されていたのも、生贄の儀式が行われていたのも……恒星の原石そのものを弱らせるためだったらしい。
「皮肉にも恒星の原石が生み出した化け物こそが、エネルギーを消費することができると分かって……彼らを敢えて残すことになったのでしょ? 本当はしっかりと同胞を弔いたかったのに、本当は人間に犠牲を払わせるつもりもなかったのに。彼らは既に食糧を必要とはしない段階まで退化していて、原石から発せられる熱源を糧にすることができた。その上、古代種の生産システムも生かしておけば、それも原石を摩耗させる要因になり得る。……問題だったのは、全員意地汚くて、食欲が旺盛だったことくらい」
食欲は非常に原始的な欲望である。彼らは腹が空かなくても、何かを満たす原始的な快感を忘れられなかったのだ。だけど、それはどこまでも不都合な錯覚でしかない。そうして彼らが空きもしないお腹を空かせて、同胞が檻から出ようとする度に……生贄を捧げ続けては、この船が沈み切るまでの時間稼ぎをしていた。それがこの船の歪な真実であり、天竜人が下した苦渋の決断の中身だった。
「……その犠牲の歴史を、あなたは忘れてしまったの?」
【でも、この船はもう一度浮き上がってしまったわ。それはきっと、私達に自由になれと言ってくれているのだと思うの。そうでしょう? もう……こんな薄暗い生活は嫌よ! 来る日も来る日も、ひたすら眠っているだけ! それもこれも……自分が輝くためじゃなくて、他の奴らの為ですって⁉︎ もう、限界……! 我慢するのも、眠るのも! 真っ暗な中で、輝くことさえできないのも! もう……何もかもが、嫌になったのよ‼︎】
その機能が残っているのなら、きっと彼女は涙を流しているに違いない。囚われたまま眠る事を強要されたスリーピングビューティは千載一遇のチャンスを逃すまいと、必死にもがいているだけ。彼女に残されたのは、繁栄という本来の輝かしい存在意義ではなく……恒星の原石の熱量を削ぐ存在を丁度いい力加減で継続させるという、惨めな境遇だった。
しかも、呪いを解いたのは船の意思でもなく、運命でもなく……水面下のエネルギー開発という、どこかの誰かさんのエゴである。
その現実に、やりきれないとラウール達がため息をついているのも、束の間。まだまだ食い足りないコアは、少し離れた所に転がっていた最上級のご馳走を見つけてしまったらしい。次は副菜とばかりに、レベッカの方へ走り出す。
「っと、マズい! イノセント!」
(分かっているが……この距離は間に合わんぞ!)
既のところでイノセントが吹き出した青い炎も物ともせず、コアが一思いにレベッカを飲み込んでは、満足そうにゴクリと飲み下す。拘束銃の効果で、あれ程までにうるさかったお口を封じられては……流石のレベッカも断末魔1つ、上げることもできない。そうして自身が心酔していた美しさが招いた想定外と一緒に、レベッカはターコイズの最上級種の礎へとして、静かに吸収されていくのだった。




