砂漠に眠るスリーピングビューティ(18)
「自由になるためには、私が取り込まれるのは非常に都合が悪いのです。ですから大人しく、私に食われてくださいよ……なーんて。それが通用すれば、最初から逃げ出したりしませんよね」
「……あのね、私達はここで眠っていた方がいいと思うの。だって、このままじゃ……」
船と一緒に怪物も解放する事になるもの……と、ラウールの後ろで震えるばかりのフラリッシュが小さく答える。彼女の懸念事項に、明確な利害の一致を認識して、ラウールもフラリッシュ少年を睨みつけるが……。
「そんなに睨まないでくださいよ。私だって、手荒な真似はしたくないんですから。でも……こうもみんなで私を阻んでくるとなると、手荒な真似も多少は仕方ないというものです。ね? ですよね、お姉さん」
「えっ? ……う〜ん、ま。そうかもしれないわね。この子を自由にしてあげるのはいいんじゃない? それにあんな怪物、ロンバルディア騎士団にかかれば何ともないんじゃなくて?」
「……そんな訳、ないでしょう。繁殖力も旺盛な上に、普通の武器が通用しないような化け物を外に出したら、冗談抜きで人類は滅亡まっしぐらです。ここはこっちのフラリッシュが言う通り、全員揃って、このまま眠っていただいた方がいいと思います」
「まぁっ! 王族のクセにケチんボなのね! そんなんじゃ、モテないわよ?」
「……モテなくて、結構。これでも、婚約者くらいはおりますし」
結局、終始あれこれとピーピーうるさいレベッカ相手に、ラウールが渋い顔で応じていると……一方のフラリッシュ少年はニタニタと口元を歪めながら、レベッカこそを見つめている。しかして、彼の視線は自由への同意をしてくれる味方に向ける生ぬるいものではなく、餌を見つめる獰猛な捕食者のそれだった。
「ふふ、やっぱりお姉さんを助けて正解でした。こんなにも私を満たしてくれるなんて」
「あら、そう? ……まぁ、坊やがそう思うのも、当然かしら。なんたって、私は絶世の美女ですもの。もうちょっと大きくなったら、この女王様の愛人にしてあげてもいいわよ」
確かにレベッカの容貌は絶世の美女と言っても、差し支えないのかもしれない。それこそ、古代リュチカを美貌と叡智とで統治していたらしい女王の末裔だと名乗ったら、その冗談を嘘だと理解しつつも……大抵の者は彼女の自信の程に関しては、納得もするだろう。
しかし、彼女の色仕掛けが通用するのは、あくまで人間が相手だった場合のみ。そして、レベッカは最後の最後まで、傲慢な勘違いを是正することができないままだった。
「クククク……アッハハハハ! 本当に……本当にお姉さんはおめでたい人ですよね。見た目だけで、中身は空っぽ。本当に救いようもない位、バカな人です! ふ、ふふふ……まぁ、いいでしょう。お姉さんがターコイズの適合体だった事が、何よりも重要だったのですから。中身は関係ありません」
「えっ……?」
【……コウエイにオモうがいい、デキソコないのテキゴウタイ。ココでワタシのカテになれるコトは……おマエにとって、このウエなくエイヨなコトだろう!】
「ちょ、ちょっと! ま、まさか……!」
「ラウール!」
「えぇ、分かっています! ……お馬鹿さんを助ける義理はありませんが……来訪者に覚醒されるのは非常に都合が悪い!」
そうしてすかさず、ラウールが拘束銃を青い巨人に変化を遂げたフラリッシュ少年に向けるが……こんな時に何を血迷ったのか、拘束銃はターゲットを見誤ったらしい。大きな巨人の方ではなく、レベッカの方へ閃光の鎖を展開しては、彼女の身を締め上げ始めた。
「キャァッ⁉︎」
【ラウール、アイテがチガうぞ!】
「いや、俺もあっちの巨人を狙ったんですけど。あぁ、なるほど……。この場合、拘束銃的にはレベッカさんの方が捕縛対象になるんですね……」
「そんな事を言っている場合か! このままじゃ……!」
「しかし……ここまで距離が近いと、こいつは使えません。おそらく、今の状態だと巨人よりも質量的にレベッカさんの方が比率が大きいのでしょう。そうなると、どんなに彼に狙いを定めても……こいつはレベッカさんへ一直線です」
拘束銃は非常にクセのある、扱いづらい武器である。対象が複数人いる場合、多少の軌道を曲げてでも自分好みのターゲットに固執する悪癖がある。その悪い癖を引き出すのは、他でもない。ターゲットの性質量の割合であり、体積に対して核石がどの位の質量を占めているか、という判断基準である。
拘束銃は性質量が多い相手を狙うと見せかけて、実際には核石の比率が高い者を狙う傾向があるのだ。なので、この場合は……性質量は多くとも、体積も嵩増ししているフラリッシュ少年よりも、レベッカの方がカケラとしては純度が高いと誤解されたのだろう。
「仕方ありません。イノセント!」
(言われなくても! ほら、さっさと私を使わんか!)
「では、遠慮なく! 行きますよ!」
白銀の煌めきに青い炎を纏う聖剣を携え、レベッカ(拘束済み)の前に躍り出ると、青い巨人の拳を弾き返しては応戦するラウール。いくら本性を見せ始めたとは言え、硬度も靭性も鉄壁のサファイアが相手では分が悪いのだろう。ジリジリと後退りしつつも、更に形態変化をし始める少年だったが……。
「……⁉︎」
【イマのコエ……ナンだ?】
「あわわ、どうしよう! も、もしかして……!」
【マサカ……コア、ですか……?】
……どうやら、思いがけず大騒ぎしすぎてしまったらしい。楽しげな戯れ合いの仲間に混ぜてくれと少年の背後から現れたのは、大きな竜神の形を残した骨と皮だけの不気味な怪物。腹には何かが収まっていたらしき穴がポッカリと空いており、そして穴の向こうには……悪夢の再来とばかりに、あの天竜人のミイラが大量にやってくるのも、ハッキリと見えた。
「嘘……でしょ?」
「俺も嘘だと思いたいです……」
【……でも、タブン……ウソじゃないぞ、コレ……】
悪臭と不気味な相手に一同が神経を竦ませている間に、まずは手始めと……手近にいた少年に牙を剥く、穴の空いた怪物。そうして、フラリッシュ少年に刹那の抵抗も許す間もなく、呆気なくゴクリと彼を飲み下せば。さっきまで虚なばかりだった穴の半分が、綺麗なターコイズブルーで満たされていた。




