砂漠に眠るスリーピングビューティ(17)
【ムこうから、ナニかクる……】
「それはさっきの化け物ですか? それとも……」
【アシオトはフタリブン。このカンじ……カタホウはコドモだとオモう】
制御室の扉が開かないと分かった以上、行き止まりでの足踏みは雑多な意味で自殺行為だろう。物理的な逃げ場がなくなるだけではなく、そんな場所であの怪物に遭遇して……悪臭の元を転がしたりしたら、肝心の制御室での作業さえ苦行に様変わりしかねない。精神も、嗅覚も。多大なる追加ダメージを受けそうなことは、考えるまでもない事だった。
「子供……? だとすると、もう1人のフラリッシュ……かも……?」
「その可能性が高いでしょうね。大丈夫ですよ、こちらはこれだけのメンバーが揃っているのです。それに……」
「あぁ、だろうな。ラウールの拘束銃は間違いなく、効果覿面だろう。……私もそいつの威力の程は、よく知っている」
ほんのり恨み言が乗ったイノセントの呟きに、いつぞやの時はすみませんね……と一応の謝罪はしてみるものの。イノセントの様子に、先程の彼女の浮かない顔の理由をそこはかとなく理解するラウール。おそらく、イノセントはこの先に転がっている顛末をある程度、見越しては……彼女との出会いを素直に喜べなかったのだろう。
そこまで思い至っては、ラウールもやれやれと首を振るが。道なりに進んだ先に広がる空間で出くわしたのは、ジェームズが探知した通りの2人連れ……こちら側にいる少女のフラリッシュと瓜二つの少年フラリッシュと、小麦色の肌にターコイズブルーの瞳が魅惑的なレベッカだった。
「あぁ〜ッ! こんな所でラウール様を見つけられるなんて……!」
「……見つけられるなんて、じゃありませんよ。あなたのお陰で、どれだけ苦労したと思っているのです」
「だってぇ〜! あなたに生きていられたら、困るじゃない。だから、処分しただけだったんだけど……でも! 最初に大事なことは言っておきなさいよね! どうして、ブランネル大公の孫ですって言わなかったのよ! お陰で、あんたを探してこいって言われたじゃない!」
「……こうも自分勝手な理由を述べられると、何をどう言ってやればいいのか分かりませんね……。一応、訂正しておきますと。俺は正当なブランネル公の孫ではありません。継父がたまたま彼の息子だっただけです。……あぁ、あと。ここではお静かに。レベッカさんがご存知かどうかは知りませんが……例の古代天竜人のミイラは音に敏感なのです。そんな大声を出したら、寄ってくるでしょうが」
「そ、そうなの……?」
1人で大騒ぎし始めるレベッカを、誰もが呆れた様子で見つめているが。今まで自分こそが花形だった彼女には、その空気感は微塵も伝わらないらしい。声のボリュームこそ抑えつつも、やれ疲れただの、やれこの際だからこちら側に協力しろ等と……止まらないお喋りと一緒に、自己中心的な計画をぶちまけ始める。
「あぁ、その……そろそろ、いいですか? 私は取り敢えず……目の前のあの子を取り込みたいのですけど」
「……!」
そんなレベッカを制止したのは、フラリッシュ少年だったが……彼はレベッカを一瞥することもなく、美しい瞳を狙い澄ましたように眇めて、フラリッシュ少女を睨みつけている。彼の威圧的な視線に、思わずラウールの後ろに隠れては、プルプルと震え始めるフラリッシュ少女。
「……大丈夫だ、フラリッシュ。これでラウールは腕利きのハンターでもあるのだよ。……あの程度の来訪者には負けはせぬ」
「ほ、本当か……?」
「あぁ、本当だ。だから……お前は自身の役目を全うすることだけを考えろ。さて……ラウール」
「はい、もちろん分かっていますよ。……さっきの扉を開くには、2人のフラリッシュが必要ということでしたが……融合後でも、総量が2人分あれば問題ないという解釈で合っていますか?」
「……全く。常々、いけ好かない奴だ。その通りだよ。扉の取手の位置があまりに高すぎる。あの高さの取手を引くとなると……鍵となるフラリッシュが、本来の形態を取っている事が前提なのだろう」
これだから嫌なのだ……と、イノセントがフラリッシュ少女の代わりに、フラリッシュ少年を睨み返す。そんな挑戦的なサファイアブルーの視線を受けて、動揺したように後退りする少年だったが……おそらく、彼は自分よりも上位種の相手が向こう側に与しているなんて、考えも及ばなかったのだろう。
「まさか……」
「ど、どうしたの、フラリッシュ?」
「あなたの探し物……とんでもない相手だったみたいですね。あの少女はレアリファイ……コランダムの来訪者です。そして、横にいるお兄さんや犬も多分、何らかの適合体だと思いますけど」
「適合体……?」
「あなたと同じ特殊な相手、という意味です。えぇと……」
船に缶詰だったフラリッシュ少年の中に「カケラ」というキーワードはないのだろう。そうして、彼の時代錯誤による知識不足を埋めてやりましょうと、解説を加えてやるラウール。
「……お見立ての通り、俺はアレキサンドライトを核石に持つ存在でしてね。現代では、あなたの言う“適合体”は“カケラ”と呼ばれていますよ」
【ジェームズはスフェーン、だな。アォン!】
「は、はい……? 犬が喋った……? って! どうして、それも最初に言わないのよ!」
「……別に、知らせておく必要もありませんでしたし。さて……どうします? 正直なところ、俺達の方は無駄な争いをするつもりはありません。……この船を厄介な怪物ごと、永久に砂の中に沈められれば、それで結構なのですけど」
それはどこまでも素敵な想定外という名の、不幸な邂逅。コアももう片方のワーカーも取り込んで、本当の意味で自由になろうとしているフラリッシュ少年にしてみれば、これほどまでの手厚いお出迎えはありがた迷惑でしかない。そうして……もうもう最終手段に出るしかないと、本性を曝け出す決断を鮮やかに下すのだった。




