砂漠に眠るスリーピングビューティ(16)
「助かったわ……ありがとう」
「いいえ? 礼には及びません。私としては、こうして腹を満たせるのですから、願ったり叶ったりです」
足の速さも及ばない上に、見た目の獰猛さとは裏腹に知性もあるらしい怪物から逃げきれないと、諦めていたレベッカの前に現れたのは……艶やかな水色の髪に豪奢な衣装を纏った、年端も行かない少年。フラリッシュと自ら名乗った彼は、瞬時にドラゴンの群れを屠ってみせると、その心臓を残らず抉り出して喰らい始めた。少年のやや不気味な挙動を目の当たりにしながらも、助かったとレベッカは胸を撫で下ろすものの。……依然、彼の底知れなさは拭えない。
「……ところで、どうしてこんな所に?」
「ちょっと探し物をね。でも……あぁ〜、本当にどうしようかしら。この様子だと、とっくに食われているかも……」
「おや、お姉さんの探し物も生き物ですか? でしたら……うん、丁度いいですね。私も探している相手がいますから、餌の捕捉ついでに……ご一緒しませんか?」
「いいの? 是非、お願いするわ!」
得体の知れない相手ではあるものの、心強いボディガードであるのも違いない。感激したと前のめりになるレベッカの快諾に、美しいブルーの瞳を細めるフラリッシュだったが……彼の方は内心でしめしめと舌なめずりをしている。
「……実は、私達はつい最近まで眠っていましてね。なのですけど……外が実に騒がしいものですから、目覚めてしまったようです。ハァァ……本当に、どこの誰かは存じませんが。余計な事をしてくれた方がいたものです。お陰で、目覚めなくていいものまで目覚めてしまったではないですか」
「目覚めなくていいもの……?」
彼の言う「騒がしさ」に有り余る心当たりを募らせつつも、不都合は無視してフラリッシュの話に乗っかるレベッカ。そうして、彼女に答える形でフラリッシュが説明する所によると……この船には原動力とは別に、稼働を支えるための仕組みが用意されていたのだという。それが……。
「さっきの餌であり、私ともう1人のフラリッシュ……それと、私達の大元となる母体なのですけど。……ですけど、母体の方はシステムを稼働させるだけの女王蜂でしかありません。台座が空だったのを見ても……多分、私達を探して彷徨っているのでしょうね」
「あなた達を探している……?」
「えぇ。私達は1つの存在から、それぞれの心臓を礎に独立した存在なのです。で、私ともう1人のフラリッシュは女王蜂の手足となる働き蜂なのですけど……今の女王蜂は理性が吹き飛んでいますから。彼女の頭には、私達を取り込むことしかないはずです」
ですけど、そんなのご免ですから……と、肩を揺らしながら、手慣れたように壁面に隠れていたパネルを見つけ出すと、事もなげに出口を切り開くフラリッシュ。
「ここを出てしまえば、さっきの餌と出くわすことはないと思いますよ」
「そ、そう……それはありがたいわ……」
紛れもない本心を吐露しながら、レベッカがようやく冷や汗を拭う余裕を取り戻すが……。実はここから先が、彼女の想定外が本気で牙を剥き始めるステージである。しかして、自分が誰よりも危うい立場であることに彼女が気付くのは……まだ、少し先のことだった。
***
「……お前達も分裂していたのか……」
「お前とお揃いだな、レアリファイ……じゃ、なかった。今はイノセント、だったか? まぁ、それはさて置き。私はこの有様ですから、そこまで害はないと思う。それは保証しますです。なのですけど……」
「もう1人の方は攻撃的な性格だった……と」
【ジェームズ、そいつにもイヤなヨカンしかしない……】
レベッカが少年に連れ添われ、檻から脱出している頃。少女の方のフラリッシュから彼女達のあらましを聞かされて。何かを探し求めるように徘徊しているのは、彼女達の大元のコアだと教えてもらいつつも……この場合は、片割れの方が厄介だろうと聞かされて、尚も戦慄するラウールご一行。しかも、そのフラリッシュが2人揃わないと、制御室には入れない仕組みになっているそうな。
「……やっぱり、私1人では開かないか……。でも、もう1人のフラリッシュには会いたくないのですよねぇ……」
「そんなに不味いヤツなのか、そいつは」
「そうなのだよ、イノセント……。私はワーカーでも足の方なので、逃げる方が性に合っているのだけど……もう1人のフラリッシュは手の方なのです。いっつも、逃げる前に相手を倒しちゃえばいい、って感じなもので。しかも、餌を食べる事を覚えてしまったから……ちょっと凶暴化しておってな……」
「……なるほど、な。で、お前はコアからだけではなく、片割れからも逃げている状況だ……と」
イノセントの指摘にその通り、と小さく答えては肩を落とすフラリッシュ。そもそも、彼女達がこんな所に留め置かれていたのは「繁栄」の意義によるものらしい。周囲の存在を活性化し、生命の息吹を与える存在。故に最後まで地上に放たれることなく、古代天竜人がこの世界で生き延びるためにこそ活用されていた。しかし……今となっては、その性質が裏目に出ている状況なのだろう。
「……私達が目覚めてから、この船の原動力にも影響を出してしまったようで……。コアは暴れ始めるし、恒星の原石もやる気を取り戻しちゃうし……。しかも地上に浮き上がるにつれ、仕掛けも活性化するものだから……ヴぅ……罠から逃げるのも一苦労だよぅ……」
「それはそれは……ご愁傷様です……」
建前ではなく、本心でフラリッシュを慰めつつも……脱出アドベンチャーがいよいよ長期化しそうだと、一緒に肩を落とすラウール。
要するに、この一連の暴走を止めるには、フラリッシュの片割れを探し出し、言う事を聞かせて制御室に乗り込み……原動力を強制停止させなければならない、という事になる。そのミッションを頭の中でグルグルと反芻しては……前途多難だと、ラウールから出るものはため息ばかりである。




