クレセント・レディ(7)
メーニックの歓楽街に警察達とは別枠の実働部隊を布陣させ、部下が獲物を捕らえるのを待っている間。ヴィクトワールはもう1つの仕事を片付けに……影に暗躍する人物の手がかりを追っていた。
5年以上も保管されていた彼女が目覚めて、暴れ始めたのは、本人の意識以上に彼の手によるものが大きいのだろう。しかし……そんな事を懸命に考えている彼女の思考をまるで阻むように、馬を走らせるヴィクトワールの脳裏には、ある双子の兄弟の面影がチラついて離れない。
(……テオ様が命をかけてまで残した、双子の兄弟……。あぁ、なんて憎たらしくて、愛しい事でしょう……。彼らの母親のことがなければ……私も、ブランネル公様も。こんなにも苦しい思いをしなくて、済んだでしょうに……)
***
忘れもしない、13年前の王家の墓地での出来事。実の娘・アンリエットの死さえも受け入れられなかったままのヴィクトワールから、何もかもを奪い去るかのように……我が子のように思っていたテオ王子も、呆気なく短い生涯を閉じていた。そんな彼の葬儀が締めやかに行われていた墓地に、ブランネル公自らが連れて来たという2人の少年の存在に気づく。瓜二つの容貌の割には片方がボロボロに泣き崩れているのに、もう片方は涙を流すことさえもせずに硬い表情をしたまま立ち尽くしていて……そして彼らを遠巻きにしながら、周囲の参列者達がヒソヒソと彼らについて何かを呟いているのが、嫌でも耳に入った。
(……見て……あれがテオ様を身代わりにしたっていう……)
(あぁ、噂の宝石の完成品か……?)
(でも……母体が呪われていたっていう、曰く付きの奴だよな?)
(なんて悍しい……大体、ブランネル大公様もどうして、こんな所に連れて来たのかしら?)
葬儀の最中だというのに、面白おかしく噂に花を咲かせている参列者の言葉から……彼らが例の遺児だという事をしかと認識すると、いても立ってもいられなくてヴィクトワールは黒い喪服の裾をたくし上げながら、早足で彼らに近寄る。
「……ほら、何をこんなところでボーッと見つめているのです。あなた達のお父上とのお別れでしょう? さぁ、最後のご挨拶をなさいな」
「……」
あまりに突飛なヴィクトワールの蛮行に、水を打ったように静まり返っていた墓地に、似つかわしくない騒めきが走る。そんな騒めきの発信源でもあるヴィクトワールのヴェール越しの面影を認めると、泣きもしなかった方の少年が、泣いている方の少年の背を慰めるように摩って……思いもしない事を呟く。
「……結構です。俺達は……彼の子供じゃありません。たまたま母親が結婚したらしいだけの相手でしたから、部外者は端で見送りだけさせていただきます。……ほら、兄さんもいつまで泣いているのです。こんな所で泣いていたら、目立って仕方ありません。そろそろ、泣き止んでください。……これ以上、奴らにも陰口を叩かれたいんですか?」
ヴィクトワールの気遣いさえも跳ね返し、まるで獰猛な魔獣のように鼻筋を立てながら、周囲を睨みつける少年。どこまでも澄んだ深いグリーンの瞳に籠った憤りは……その場にいる者だけではなく、テオにさえ向けられているのだという事を諒解すると、ヴィクトワールは腹に熱い怒りが込み上げてくるのを抑えるのに苦労していた。
この因果を生んだ彼らの母親と……その母親をそんな風にした者に。……そして、それを彼らに理解させる事もなく怒りを向けられている、テオの境遇に。彼らを取り巻く事情の上澄みを無理やり飲み込んでも尚、彼らにかけるべき言葉をその時のヴィクトワールは見つけられなかった。
***
(……あの日から……私は彼らを命ある限り、見守ると心に決めたのです。それでも……まぁ、ラウール様の方は今も昔も生意気ですわね)
全てにおいて従順なモーリスと、何かにつけ反抗的なラウール。そんなラウールの方は鍛え甲斐も格別と腕を奮ってみたはいいが……いつしか、ヴィクトワールの方が彼に連敗を喫する状態になっていた。チヤホヤしても、甘やかしても……いつまでも懐きもしない、猛獣。愛しい王子の忘れ形見をじゃらすのは何時も骨が折れると、少しばかり口元に微笑みを乗せながら。ヴィクトワールはメーニック郊外まで、馬をひたすら走らせていた。




