砂漠に眠るスリーピングビューティ(11)
(な、なんなのよ、あれ……)
仕方なしにカビ臭い落とし穴に潜り込んでみたは、良いものの。お目当てのロイヤルボーイ達の姿はそこにはなかった。
以前に地下の遺跡を調査した時には落とし穴に横穴が開いている事もなかったし、その先に大元の遺跡が繋がっているなんて、レベッカにしてみたら予想外である。しかも……遺跡には罠以上に厄介な相手が生き残っていたらしく、レベッカがミイラに驚いた声を聞きつけて異形の怪物がワラワラと寄ってきた。
(まさか、こんな化け物がいるなんて思いもしなかったわ。しかも……臭っ!)
既のところで見つけた通気口らしき横穴に潜り込んでは、息を潜めてやり過ごすものの。レベッカの眼下では、ある意味で異常な光景が広がっている。彼女目掛けて集まってきたのは、3匹もの化け物。しかし、レベッカを取り逃したと分かるや否や、共食いを始めたではないか。腐った生き物が、腐った生き物を食らう。あまりに貪欲な光景を前にしては、声を上げてはならないと分かっている以上に……息をするのさえ、苦痛である。
(ヴぅ……もしかして、例のハンサム君は食べられちゃったかしら? だったら……とってもマズいんですけど……!)
レベッカはラウール達が自分の同類だなんてことは、夢にも思わない。落とし穴にいなかった以上、おそらく彼らはレベッカと同じようにミイラが並ぶ通路を抜けて、元神殿に迷い込んでしまったのだ。そんな神殿らしき遺跡で、正体不明の化け物が跋扈しては餌を探しているとなれば……人間や犬程度では、生き延びられるはずもない。
そこまで考えて、いよいよ調査も契約も潮時だろうかと首を振りながら、とりあえず通気口の先へ先へと進むレベッカ。兎にも角にも、一旦はこの惨状を地上にいるアンディに知らせなければならない。
(しかし……どうしようかしら。彼らが見つからなければ……多分、今回の作戦は失敗でしょうし……)
アンディは確かにロンバルディア公認の考古学者であるが、元々の後援はロッソローゼではなく、ノアルローゼ繋がりのとある組織である。しかし、クリスマスシーズンにノアルローゼのメンバーがしでかした失態を機に、援助が途絶えてしまった。そうして、後釜を引き継いだのが遺跡調査に興味があるらしいのヴィクトワールだったのだが……。その現実がアンディ達に不都合を生んでいるなんて、レベッカには想像もできない。
レベッカは性質量60%を持つターコイズのカケラであり、それなりに年代の古い存在でもある。しかし、ターコイズは硬度もそこまで高くもなく、彼女が長年生き延びてこられたのには、偏にStreet smart……世渡り上手だったから、としてしまうのが最も適切だろう。しかし、彼女の上手な世界の歩き方を支えていたのは、ターコイズ特有の魅力である。
レベッカ、その名が意味するは「魅惑する者」。蠱惑的でエキゾチックな容姿を最大限に生かして、彼女は愛玩用としての立場以上に持ち主達を手玉にとっては、気儘放題に振る舞ってきた。だが……。
(アンディは本当に面白みのない奴なのよね……あぁ〜あ。なんで、あんな奴の手に私のコントローラーがあるのかしら……)
……今の彼女の持ち主・アンディはそちら方面への情熱を枯らした、根っからの学者であり、完全なるアンティークマニアだった。純粋に考古学の分野で研究に打ち込むだけであれば、まだ良かったのだが……彼には歴史的遺産を溜め込む困った蒐集癖があり、資産作りのために盗掘も厭わない、ある意味でレベッカ以上に我儘な人間である。
そして、彼はレベッカの能力を助手として活用することで、取引なり、作業なりを有利に進めてきたのだが。今回の「資源調査」はそんなアンディの資金作りの一環で、とある組織から持ちかけられた一大プロジェクトでもあった。
しかし、秘密裏に進められていた計画がスペシャルメニューが振る舞われた事によって、騎士団側に漏れているなんてことは、アンディもレベッカも知らされていない。……ヴィクトワールは何も、純粋な遺跡調査でラウールを派遣した訳ではなかった。
(えぇと……ここはどこかしら?)
とは言え、ヴィクトワールプレゼンツの裏事情はレベッカもラウールも知る由もなく。今はただ、生き延びることと、神殿からの脱出が最優先事項である。その上で、レベッカは食えない錬金術師(場合によっては死体)を探さねばならいのだから、ミッションの難易度は格段に跳ね上がる。
そんな場所も目的も陰気臭い状況で、ため息混じりで彼女が辿り着いたのは……何かの卵が並んだ、不気味な空間。それがタダのロビンズエッグブルーも鮮やかな卵型の装飾品であるのなら、救いはあるが。レベッカが部屋に足を踏み入れた瞬間に、申し合わせたようにピシリと殻を破って這い出してきたのは……とてもではないが、コマツグミなんて可愛げのあるものではなかった。




