砂漠に眠るスリーピングビューティ(9)
神殿だと思っていた建造物の廊下は、どこまでも暗鬱としている。その上、ただの墓場でもなさそうな雰囲気をそこかしこに醸し出しては、意図せず迷い込んでしまったツアー客の恐怖心を煽るのにも余念がない様子。……暗い上に、無駄にカビ臭いのだから、これでは気も滅入ると言うものだ。
「これは……」
「どうしました、イノセント」
「この文字、古代天竜人の聖文字だな……」
「えっ?」
そんな中、前を歩くイノセントが突然歩みを止めるので、理由を尋ねれば。意外な答えが返ってくるではないか。彼女によれば、視線の先にある不可思議な象形文字は天空の来訪者の特殊文字らしい。そうして、壁をなぞる様に目を凝らしては……ふむふむと解読し始めた。
「ここには……かつて、空にあった天空都市の歴史が刻まれているが……。ラウール、この神殿は……」
【……イノセント、おシャベリはアトだ! ムこうから、さっきのヤツのアシオトがキこえてくる!】
「意外と、再会が早かったですね。ここはひとまず、逃げますよ!」
「あっ、でも……!」
まだ、全部を読み切っていないのに……とイノセントが名残惜しそうにしているのも、束の間。向こうから微かでも、確かな狂乱の絶叫が木霊してくる。恐怖の大元でもある怪物から逃げようと、走り出す2人と1匹。しかし……。
【……あいつ、メはワルいのかもシれんが、ミミはいいのかも! ジェームズタチがハシりダしたら、ムこうのアシオトもハヤくなったし……ナンだか、オオくなった!】
「なるほど……! でしたら、無作為に逃げるよりも、隠れた方が良さそうですか?」
「ラウール! ここ、潜れそうだ!」
さて、どこに隠れようかとラウールが迷っていると、イノセントがいち早く逃げ道を見つけ出す。彼女が目ざとく発見したのは、おそらく排水溝と思われる細い経路。そんな、丁度人1人が通れるくらいの横穴に順番に潜り込んでは……抜けきった先のポッカリと空いた空間で、身を寄せ合い息を潜める。
(本当に……あれは、なんなのでしょうか……?)
(……多分、生き残りだろうと思う……)
(生き残り……?)
灯り1つない暗がりでも、彼らの目には怪物の足だけが通過していくのが見える。何かを探すように彷徨う足取りは覚束ない様子で、放たれる腐臭はかつては生き物だったことをハッキリと示す、酷いもの。耐え難い悪臭に呻き声を上げるのも堪えて、精一杯やり過ごそうとするが……突如、足元だけだったそれが何故か四つん這いになり始めた。
(まさか……!)
【(ミつかった)……⁉︎】
息を殺して見つめていた先で、視界に相手の顔が映り込むのだから、思わず声を僅かに漏らしてしまったが。彼らの小さな声を自身の悍ましい奇声で掻き消すと……来た道を引き返し始める怪物。そうして、ジェームズが示した加速の理由さえもしっかりと見せつけて、4つ足で走り去って行った。
「……行ってしまいましたか……?」
「そう、だな……」
【……あれは……イチオウ、ヒトのカタチをしていたが……アタマはワニみたいだったが……】
「生き残り……でしたか? イノセント。もしかして、思い当たることでも?」
「ここは多分……遺跡でもなければ、神殿でもないと思う。……かつて私達の主人を運んできた神の船の1つだろう」
「神の……」
【フネ⁇】
そうして、さっき解読しきれなかったと弁明しつつも、イノセントが予想の一端を語り出す。
「私達は天空の来訪者などと、呼ばれてはいるが……本当は侵略者でもあったのだ」
「侵略者、ですか? あなた達が?」
「いや、正しくは……私達の主人が侵略者だったとした方が正確だろうか。私達はこの世界とは別の星からやって来た、お前達の言葉で言う“地球外生命体”とやらになるのだろうが……主人の故郷だった星は寿命を迎えて、既に燃え尽きてしまってな。そして、新しい住処を探そうと、神の船で暗黒の宇宙に漕ぎ出したのだ」
彼らは新天地を求めて、銀河に飛び出し……多くの犠牲と、大量の時間を費やしてようやく、自分達も暮らせそうな惑星を見つけたらしい。しかし……その星はあまりに原始的で、あまりに痩せこけていて。手付かずのままでは、彼らの安住の地にはなり得なかった。
「しかも……主人達はそこに住む生命が、過酷な世界に足掻く姿を見るに見かねたらしい。それに、自分達が住み着くのにも穢れが多すぎてな。そこで、自分達が住む環境を整えると同時に、先住者達をも救うために故郷の星から持ち出した恒星の原石を用いて……私達を作り出したのだ」
恒星の原石と呼ばれるそれは、神の船の原動力でもあり、故郷の星が砕け散った時に残された遺産でもあった。そんな貴重な原石を加工して生み出されたのが、それぞれに3つの心臓を持つ竜神の姿をした天空の来訪者であり、その主人……古代天竜人の原初の姿を模した守護神だったのだ。
「……で、さっきの怪物は多分、私達の主人の成れの果てだろう。神の船が地中に埋まっているとなると、ここの原動力は既に熱暴走を起こした後なのだ。私が知る限り、神の船は全部で6艘あったかと思う。そして……そのうちの2艘は空母として原動力を残したまま、私達が太古の大地を整え切るまでは彼らの住処として稼働していた。だが、船の原動力はあまりに強大な力を残しすぎていて……ただただ天空に留まるだけでは、余熱を発散することができなかったらしい」
余熱を発散できなかった結果、どうなったか。こうして地中に埋まっている「神の船」がある手前、結末は分かり切っている。
「その結果、熱暴走を起こして……神の船は墜落してしまった、と」
「多分、な。私が気づいた時は帰るべき故郷も、私達を本当の意味で開放してくれる主人も居なかった。あるのは同胞への仲間意識と、銀河へ還るべきという本能だけ。それでも……きっとさっきの主人はまだ、諦めていないのだろう。何を求めているのかは分からないが……きっと足りないものを埋めようと、彷徨い続けているのだろうな。憶測の域は出ないが」
「だとすると……」
【どうした、ラウール?】
「まさか、アンディ氏達が探しているのは……石油どころではなく、原動力の方でしょうか?」
「……可能性は高いかもしれんな。神の船の原動力は、言わば永久機関だ。恒久的にエネルギーを生み出し、熱と光とを存分に放射し続ける。ヒトの文明を存分に支え、発展させるのに……これほどまでに都合のいい資源はないだろう」
しかしながら、今は脱出が最優先。恐る恐る、排水溝から這い出すと……辺りを見渡し、探索を再開するラウール達。どうやら、怪物はとっくに明後日の方向に走り去った後らしい。しかし……ラウールは怪物の方向転換が不可解で仕方がない。
(彼は一体、何に反応したのでしょうね? 引き返すにしても、あまりに突然だった気がしますが……)
それこそ、今は助かったと感謝するべきなのだろうが。一方でもし、他にも動く何かがいるのであれば……そちらにも警戒しなければならないだろうと、ラウールは改めて腹を括っていた。




