砂漠に眠るスリーピングビューティ(6)
レベッカに連れられて、奥に進めば進む程、1つの疑念の霧を濃くするラウール。リュチカ神殿は確か、「砂漠に埋もれていた」という触れ込みだった遺跡である。その割には、忽然と姿を現しましたとばかりにメサの上にしっかりと鎮座していたし、何より……やはり、色々と綺麗すぎる。
(しかも、このレベッカさんにも妙に違和感があるような……?)
先程の廊下での手腕もそうだが、彼女は不自然な程に何もかもが手慣れすぎている。宝物庫に続く道は物騒かつ、こちらを全力で亡き者にしようとしてくる罠があちこちに仕掛けられていたが……それでも、彼女は逐一を覚えているだけでなく、複雑で入り組んだ道筋を地図なしで完璧にガイドをこなしていた。いくら彼女の記憶力が飛び抜けて宜しかったとしても……ここまで寸分の狂いもなく、罠を回避するのは不可能に近い。
(……イノセント。少し、いいですか?)
(ふむ……ラウールも気づいたか? この調度の加減を見るに、神殿の外側はごく最近作られたものだろうな)
(えぇ。おそらく……この神殿は何か別の目的があって、作られたものと思われます)
(私もそう思う。多分、呪いとやらは後付けか……或いは……)
そこまでレベッカの背後でヒソヒソと話し合っていると、とうとう宝物庫とやらに辿り着いたらしい。最初のフロアからいくつの曲がり角を曲がったのかさえ、分からないほどに入り組んだルートだったが……手元の懐中時計を見るに、移動時間は僅か30分程。途中、フロアの登り降りがなかったことも考えても、ガイドにご案内頂けるのは地上部分までのようだ。
「さ、お疲れ様でした。ここがリュチカ神殿の宝物庫ですよ! それで、ラウール様に鑑定して欲しいのは……」
「あの台座にあるネックレスですか? 分かっていますよ。……これもお仕事ですからね。呪いを怖がるつもりは、ハナからありません。それに……ま、呪いは嘘か、気のせいか……或いは、自作自演か。いずれかでしょうよ。あのネックレスも、年代は新しいものだと思いますし」
「え……?」
手に取るまでもないと……トランクから取り出したルーペでネックレスに嵌っている深く、どこか胡散臭い色味のターコイズブルーを見てみるものの。すぐさま、ラウールが大袈裟にため息をついてみせては……これだから素人はいけないと、肩を竦める。
「物自体はターコイズをイメージしているのしょうが……あぁ、あぁ。選りに選って、こんなにもボロが出やすい偽物を持ち込むなんて。こいつはターコイズの最上級品、通称・スリーピングビューティーのそっくりさんでしょうね。勿論、ターコイズは装飾品としての歴史も長いし、リュチカで装飾品として利用していた可能性を否定するつもりもありません。ですけど……本物のスリーピングビューティは、こんなに下品に絵の具で塗りつぶしたような色をしていませんよ。こいつは、練りターコイズですかね?」
「そ、そうですか? でも、ルーペで見ただけですよね? もうちょっと、本格的に……」
「お断りです。言われていた通り、こいつは触っただけで結構な呪いを演出する錬金術が仕込まれているみたいですし。そんなに仰るのだったら……俺は偏光器を準備しますから、レベッカさんがネックレスを持ってきてくださいます?」
「……!」
きっと彼女は何もかもを知っているのだろう。意地悪くラウールが粛々とトランクから小型の偏光器を準備し始めるものの、レベッカの方はパクパクと口をさせるばかりで、それ以上の言葉を紡ぐ様子もない。
「どうしました? ほら……こちらは準備できてますけど」
「あ、えっと……」
「あぁ、そうですよね。レベッカさんも……死にたくないですものね。まず、そのネックレスですけど。どこをどう触っても、大なり小なり指に小傷が付くようにできてます。きっと歴史の重みを演出するつもりだったのでしょうけど……塗料が剥がれて、ささくれ立っていますね。こんなに鋭い突起物がびっしりと付いていれば、グローブの上からでも毒の侵入経路はバッチリ……といったところですか? で、最大の仕込みはネックレスの石自体……この練り物にしっかりと、神経毒でも仕込んであるのでしょ。胸を抉られて死ぬ……は、呼吸困難や心臓発作を演出した結果でしょうかね」
「なんだ。妙にワクワクしないと思ったら、神殿も宝物も偽物か……」
【……キュゥン(ジェームズ、ガッカリ)】
本当に陳腐な探検ツアーだと、ラウール達が呆れていると。どうやら、レベッカのメッキも剥がれ始めたらしい。突然、けたたましく高笑いをし……ゾワリと神経を竦ませるような笑顔を見せる。
「まぁ、まぁ……平和ボケしているロンバルディアから来たと聞いていたから、もっと素直だと思っていたのだけど。ふぅん……そう。あなた、色々と気づいちゃったのね?」
「レベッカさん……口調がガラリと変わりましたね。えぇ、まぁ。多分、そちら様に都合が悪いことは色々と気づいてしまったと思いますよ。……この神殿はちょっとした目眩しであると同時に、何かの目印として建てられたってことくらいは、何となく想像できますし」
「……ふん。本当に、食えない奴だわ。ま、いいわ……どうせ、あなた達はここで終わりですもの。見た目が好みだったから、間抜けなままだったら命くらいは助けてやろうかとも思ったけど。バイバイ、ハンサムな錬金術師さん。そして……永遠にさようなら!」
「……⁉︎」
彼女がネックレスに頑として近づかなかったのは、呪いの演出が恐ろしいからではなかった様子。あくまで、自身の安全な立ち位置を確保するためだ。
距離感を保ったレベッカが壁に不自然に出っ張ったレンガを叩きつければ、ラウール達の足元だけがグルリと回転する。そうして……まとめて奈落の底に放り込まれる、錬金術師ご一行様。
(なるほど? 本物の探検ツアーは……地下ルートでして来いって事でしょうか?)
ドサリと落とされた底から見上げれば、地上の景色がどんどんと小さくなっていく。そうして、最後にパタリと何かが閉められたと同時に、真っ暗闇が彼らを包んだ。しかし、これはどこまでも不運な誤算。彼らは揃いも揃って特注品の瞳を持つ、平和ボケとは程遠い獰猛なハンターである。そうして、本物のオーバーテクノロジーの持ち主を探し出そうと……2人と1匹で頷き合うと同時に、暗闇の中を歩き出す。




