砂漠に眠るスリーピングビューティ(4)
十数名規模の調査隊と一緒に、ラクダの背に揺られて辿り着いたのは……砂漠にポツンと現れたメサ(卓状台地)に聳える、古代の神殿と思われる遺跡。隣で腰を摩るアンディ氏によれば、発見されてから実に5世紀もの間、リュチカ神殿の大部分は手付かずのまま調査が進んでいないとのことだった。それもこれも……。
「……この立地と呪いのせい、でしょうな。かつてはこの近くに大きな川が流れていたことも分かっているのですが、今はこの通り、見る影もありません。水源もないような砂漠のど真ん中に佇まれては、物資の調達にも苦労しますし……キャンプを張るにも、日中はこの気温ですからな。しかも、夜は氷点下になることも珍しくありません。……寒暖差に備えるには、それなりの設備と準備が必要でして……」
「でも、それを揃えてキャンプを張ろうにも……呪いのせいで気が引ける、と。ま、俺は呪いには慣れていますからね。……長期化する場合は、遺跡で寝泊まりくらいは構いませんよ。土産話のネタになるというものです」
「ハハ、流石ですな。確かに……ラクダの乗り心地もよろしくありませんし、砂漠の移動は最低限にしたいものです」
そこまで言って、おぉ痛いと大仰に腰を反らせるアンディ氏。この乗り心地であれば、エキゾチックな旅情と楽しい気分を味わえるのは、最初の数分だろう。サラブレッドの1.5倍程ある体高の上で左右前後、縦横無尽に激しく揺れられたら……腰も痛くなるし、乗り物酔いする者もいるに違いない。
「……イノセント、大丈夫ですか?」
「……あ〜ぅぅ……クラクラする……」
「あぁ、しっかり酔ってますね、これは。ほらほら、ここまでよく頑張りました。目的地には着きましたから、降りて大丈夫ですよ」
【ハゥン(トぶのはヘイキなのに、ラクダヨいはするんだな)……】
しっかりサマーウェアと4本足にブーツを装備したジェームズには、ラクダの悪酔いなぞ、どこまでも他人事である。
「それにしても……ランベッハにここまで犬用の装備が揃っているなんて、思いもしませんでした。まさか、ペットブームがこんな所にまで波及しているなんて……」
「いやいや。ランベッハが犬に手厚いのは、昔からです。それこそ、ラウール様の連れられているジェームズ君はリュチカの伝承に語られる冥界神にそっくりですし。リュチカ文明は動物崇拝に始まり、アニミズム信仰が息づいていました。故に、マーキオンでは昔から動物を大切にする気風があるのです。サバナの動物然り、人間社会に溶け込んだペット然り。ペットの種類も豊富ですし、そのノウハウを活かしてペットグッズの開発にも相当の力を入れているようですな。実は観光産業に負けず劣らず、ペット産業はマーキオンの主力産業でもあるのです」
「ほぉ〜……それはそれは」
アンディ氏の解説に感心すると同時に……自国こそが中心だという歪んだ自負は改めなければと、ラウールは反省してしまう。
ランベッハでの犬グッズの品揃えが豊富だったのは、てっきりロンバルディアでのペットブームが影響を及ぼしているのだと、勝手に勘違いしていたが……どうやら、動物愛護の精神はマーキオンの方が大先輩だったらしい。そんなバツの悪い世間話をしながら、アンディ氏に連れられる形でいよいよ遺跡の中に足を踏み入れれば。まず、内装のあまりの綺麗さに驚く。
「……これ、本当に500年も放置されていた遺跡ですか? その割には、随分と明るいような……?」
「あぁ、綺麗なのは最初のこのフロアだけです。一応、リュチカ神殿は観光の目玉でしたからね。当初はしっかりと手入れも入っていたようなのですが……」
「……それが頓挫したのも、呪いのせいですか?」
ラウールが呆れ気味に呟けば、「その通りでございます」とアンディ氏も肩を竦めて見せる。そんな彼らの横で、他の調査隊員たちが手際良く綺麗な場所で粛々と調査の準備を始めているが……。彼らの手際の良さに、やっぱり妙な違和感が拭えないのは……気のせいだろうか?




