砂漠に眠るスリーピングビューティ(3)
(これはこれで悪くないですが……。キャロルが淹れてくれたコーヒーが飲みたいですねぇ……)
ベースがマウント・クロツバメのシティローストともなれば、いくら簡易的なものとは言え、味わいは意外と本格的である。中煎りの割には深い苦味と、しっかりと残された甘美な香り。それでいて酸味もスッキリ、後味もしつこくない。しかし……どこか雑味混じりで余韻に立体感がないと舌の上で反芻しては、早々にホームシックになるラウール。それでも保護者らしく、はしゃぎ過ぎて無邪気に寝息を立てている娘もどきの布団をかけ直してやると、ちょっとした質問を愛犬に投げてみる。
「……ところで、ジェームズ。今回の依頼ルート……少し、おかしくありませんか?」
【ウム? どうしてだ?】
「考古学と騎士団に何の繋がりがあって、ヴィクトワール様は俺を派遣したのでしょうね? こういう依頼は大抵、ホワイトムッシュ経由ですから。なので、不思議だったのですけど」
【ナンだ、そんなコトか。これはどちらかとイうと、アカバラユライのものだろう】
「……そういう事ですか」
ヴィクトワールのフルネームは、ヴィクトワール・レクザシュカ。レクザシュカ家はロッソローゼ家傍系の子爵家としても知られるが、赤薔薇系貴族は全体的に芸術や文学に重きを置く傾向がある。ロンバルディア四大貴族の中では大人しい気質を持つため、地味な存在ではあるが……実際には、ロンバルディアの学問や教育制度は彼らが支えてきた部分が大きい。しかも恐ろしい事に、四大貴族の中では唯一話が通じる家系とまで言われ、優秀な学者や研究に対しては、寄付や出資もケチらない。故に……財力や規模は4家の中では最も下ではあるが、ヴィクトワールの存在感もあり、貴族にしては珍しく、一般市民からも人気がある家系であった。
【ヴィクトワールのハテンコウぶりは、ちょっとしたトツゼンヘンイだとオモうがな。チチウエがダンチョウにバッテキなんかしなければ、イマゴロはオトナしくキゾクのオクガタとして、ガクシャのパトロンにでもなっていたダロウ】
「……俺はその方が、色々と幸せだったように思いますけどね。特に、継父はヴィクトワール様のせいで苦労していましたし」
【ハハ、そんなコトもあったかもな。ヴィクトワールのキョウイクネッシンさはそれこそ、アカバラユライだとオモうが……まぁ、いずれにしてもコンカイのイライは、ロッソローゼのDNAがハバをキかせたケッカだろう】
ジェームズの弁によれば、どうやら赤薔薇の遺伝子のせいでラウールはこんな所に愉快な仲間達と派遣されている事になるらしい。それでも、仕事を請け負ったのは報酬額がよろしかったのと、イノセントが駄々をこねたからだ。
「しかし、イノセントの暴走っぷりは目に余るものがありますね……。見た目は子供なのに、中身は超高齢の地球外生命体というのが、扱いづらいこと、この上ない」
【そうか? ジェームズはあっちのエラそうなリュウジンスガタよりは、イマのホウがアツカいヤスいとオモうが】
「……左様ですか。ま、兎にも角にも……明日はいよいよ、彼女も楽しみにしている砂漠への探検ツアーに出かけなければなりません。冒険とやらに備えて……そろそろ、寝ましょうか」
いくら普段は夜行性とは言え、涼しい間に多少の睡眠を取っておかなければ、昼間の過酷な環境を乗り切るのは厳しいだろう。特にジェームズは暑さに弱い事もあり、早めの就寝にも賛成らしい。そうして素直にいそいそとイノセントのベッドに潜り込むと、布団の上からでも分かる程に綺麗な円形で体を丸め始めた。
(本当に、変な巡り合わせですよねぇ。それにしても……父親になるって、こんな感じなのでしょうか……?)
やや寝相が悪いイノセントの布団を今一度かけ直してやりながら、彼女の枕元にしっかりとブッシュジャケットが置かれているのにも気付いては……苦笑いで肩を揺らすラウール。
今回の出かけ先はサファリではなく、砂漠である。しかし、マーキオンは遺跡観光に力を入れているためか……探検気分を盛り上げるアイテムが土産屋に並ぶ仕様になっているらしい。そうして夕方に買い求めた無骨なジャケットは、世間知らずの竜神様の冒険心を大いに焚き付けた模様。
彼女の意外と可愛らしい様子に、懐かれるというのはこういう事かも知れないと割り切るが。そうして、かつての継父は生意気な子供に苦労していたのだろうかとついでに考えて、やっぱりホームシックを再発させるラウールだった。




