砂漠に眠るスリーピングビューティ(2)
今頃、ラウールはどうしているだろう? そんな事を考えながら、華やかな香りの紅茶を啜るものの……思い浮かぶのは、不機嫌に嫌味を振りまいている婚約者の姿ばかり。イノセントの浮世離れ加減も心配は心配だが、何よりもラウールのカフェイン切れを心配しなければならないのだから、キャロルとしては気が休まる暇もない。
「キャロルちゃん、そんなに心配なの? ……ふむ、やっぱりイノセントも預かるべきじゃったかのぅ?」
「いいえ……心配しているのは、そこではありません……。一応、便利グッズは持たせたのですけど……ラウールさんはカフェインが切れると、途端に機嫌が悪くなりますので……」
「あぁ〜、キャロルちゃんが心配しているのは、そこなのね?」
同じテーブルで夕食後の紅茶を一緒に嗜むムッシュに、力なく同意を示すキャロル。
ラウールは食事には拘らないとは言え、コーヒーにはとにかく煩い。他の部分にもあれこれケチをつける事も多いが、カフェイン切れの弊害は彼の性質の中でも特に厄介な特徴として、モーリスからキャロルにもしっかりとサーチ機能が引き継がれている項目であり……ラウール検定上級者としては、踏み外せない懸念事項である。
「ふふふふ……なんじゃ、なんじゃ。ラウちゃんも隅におけんのぅ。余はてっきり、キャロルちゃんが大丈夫と判断したから、マーキオンに行ったのだと思っていたのじゃが。ふむ……逆じゃったかの?」
「逆、ですか?」
「そうじゃよ〜。だって、ラウちゃんはいっつも、キャロルちゃんにベッタリじゃないの。それでもキャロルちゃんを余に預けてくれるなんて……キャロルちゃんが納得させたものだと思っておったのじゃが」
「いいえ、私には講義がありますし……私のお留守番を決めたのは、ラウールさんの方で……」
そこまでキャロルが弁明した所で、嬉しそうにクツクツと笑い出すムッシュ。そうして最後は感極まったと、1筋の涙を流しては……フゥ、と息を吐く。
「……そうか、そうか。あのラウちゃんが……自分の事以上に、相手の事を考えられるようになったか」
「……?」
涙の後に続く、意味ありげなお言葉。キャロルはムッシュが意図することが分からず、思わず首を傾げてしまう。
「あぁ、すまんの。いや、これは余の思い過ごしかもしれぬが。多分、キャロルちゃんをヴランヴェルトに寄越したのは、ラウちゃんもキャロルちゃんが心配だからじゃと思うよ?」
何せ、キャロルは特殊な存在だから。
ムッシュはしっかりとラウールの気質に理解を示しつつ、彼が「どうしてそのような判断をしたのか」を噛み砕いてキャロルに説明する。
「1人でお留守番している間に、攫われたり、体調を崩したりしたら、大変じゃろ? だから、ラウちゃんはキャロルちゃんにお店ではなく、こっちで待ってもらうことにしたんじゃろ。……ここヴランヴェルトであれば、そう言った類のトラブルのフォローも可能じゃからのぅ」
「そう、だったのですね……。そっか。ラウールさん、私の心配をしてくれていたのですね」
「多分の。それに……あの寂しがり屋のラウちゃんが自分の感情よりも、他人の都合を優先するなんて、絶対になかった事じゃ。今までのラウちゃんだったら、講義なんてどうでもいいから付いてこいと言うじゃろうな。それでなくても……あの子の感情は昔から、0か1かしかなかったからのぅ。興味があるか、ないか……それだけじゃ。興味があればいつまでも引きずるし、興味がないものはとことん無視するし。それなのに……ふふ。興味アリアリのキャロルちゃんだけを置いて、スパッとお仕事に出かけるなんて。……随分と大人になったのぅ……」
「大人になったんですね、ラウールさん……」
感動したように、しみじみとおっしゃるムッシュだが……キャロルはそのお言葉が嬉しい以前に、やはりラウールは面倒だと思い直してしまう。
0か1しかなかったらしい彼の感情の中で、自分は紛れもなく「1」の方に該当するのだろう。今回はその「1」のために、しっかりと配慮を示したのだろうが……それは至って普通の事である。その程度の事でムッシュをここまで感動させるとなると、ラウールがどれだけの相手に失礼な態度を取ってきたのかと考えさせられては……キャロルは俄かに目眩を覚えた。
「それはそうと……便利グッズとはなんじゃろ? のぅのぅ。余にも、後学のためにも教えてくれんかのぅ?」
「大したものではないのですけど……ラウールさんが気に入っている、ツバメコーヒーさんからバッグタイプのコーヒーが売り出されていまして。ティーバッグみたいにお湯を注ぐだけで、飲めるみたいなんです。淹れたてとまではいかないにしても、ラウールさんもお気に入りの銘柄ですし……大丈夫だと思うのですけど……」
「ほぉぉ〜! 今時はそんな便利なものがあるんじゃな。……今度、余にも振る舞ってくれんかの?」
「えぇ、もちろんです。でも……折角ですから、白髭様には淹れたてのコーヒーをお出ししますよ」
「あっ、それもそうじゃな。いや〜、孫のお嫁さんにコーヒーを淹れてもらえるなんて、余は幸せ者じゃのぅ」
まだ正式にはお嫁さんではないものの。嬉しそうな顔をされては、そんな些細な事を訂正する必要もないだろうと……キャロルもようやく、はにかむように微笑む。そうして、先月のプロポーズのドギマギした様子も思い出して、ムッシュと一緒にクスクスと笑ってしまうのだった。




