砂漠に眠るスリーピングビューティ(1)
(何で、こんな事になったんでしょうねぇ……?)
相変わらず眉間に深い皺を寄せ、来客対応の合間にラウールが見つめているのは……窓の外一面に広がる、煌めく黄金色の大地。
ここは南国・マーキオン、とある古代遺跡の調査チームが拠点にしている貿易都市・ランベッハ。別名・熱砂の大地とまで言われる、その気候は過酷そのもの。3月上旬だというのに、日中の気温は軽く35℃を上回るが、そのクセ、砂漠気候特有の夜間の急激な冷え込みも発揮するのだから……不慣れな他所者は体の感覚が追いつかないではないか。それでなくても……。
「うほほほ〜い! すごいぞ、このベッド! ウチのぺったんことは違い、フカフカじゃ〜!」
【アオォォン!】
「コラッ、イノセントにジェームズ! 何をお行儀の悪い事をしているのです! やめなさいッ!」
依頼を受けて、調査チームに混ぜてもらったはいいものの……そこは流石に、スポンサーの息が掛かっているという事なのだろう。ラウール達を派遣したのは、遺跡の噂を聞きつけた鋼鉄の騎士団長・ヴィクトワールであり、調査資金の最大出資者なものだから、待遇も破格そのもの。ランベッハ含むマーキオンの主な収入源が観光産業である以上、ホテルや娯楽施設が揃っているのは、自然なことではあるのかもしれない。しかし……今、イノセントとジェームズが嬉しそうに跳ねているのは、そんなホテルの中でも最高ランクの部屋のベッドである。……店の年季が入ったぺったんこマットレスは、比較するべき対象ですらない。
「本当に……子供達が大はしゃぎして、すみません……。後でしっかりと叱っておきますので……」
「いえいえ、お気になさらず。それにしても……ヴィクトワール様のご紹介だと聞いていたので、てっきり無骨な方々がお見えになると思っていたのですが……」
「そうですよね。まさか……子連れの貧弱な宝石鑑定士だけを寄越すなんて、予想外ですよね……」
今回のお題目は、目の前に座っている調査チームのチーフ・アンディに同行し、砂漠に埋もれていた遺跡の調査に参加すること。そして、遺跡で見つかった装飾品の鑑定であるが……。
「それは現地の鑑定士でも、事足りるのでは? どうして、ヴィクトワール様は俺をご指名したんでしょうねぇ……?」
「おや。ラウール様は依頼対象がどんな装飾品か、知らされていないのですか?」
「へっ?」
子供と犬とが大騒ぎしている横で、仕方なしに対象についてご説明をいただけば。どうやら、その装飾品はかなり曰く付きの代物らしい。何でも無理やり動かしたり、不用意に触れたりしたら呪われるとのことで……実際に、いくつもの調査チームが呪いを前に、壊滅してきた歴史もあるのだそうだ。
「……つまり、そんな呪われるかもしれない装飾品を俺に鑑定しろ、と……?」
「そうなりますな」
「……」
あっさりとそんな返事を寄越すアンディ氏だが……触るだけで呪われるとは、これ如何に。渦中の装飾品はおそらく、古代リュチカ文明の女王の首飾りだろうということだったが、年代も宝石の種類も分からない以上、女王の所有物だったかさえも判別できないらしい。
「ラウール様に見て欲しいのは、それだけではないのです! リュチカは非常に高度な文明を築いておりまして、地下水路や製鉄技術……果てはちょっとした錬金術の秘術まで保有していたようです」
鼻息荒く、アンディは捲し立てるようにリュチカ文明なるものの概要を説明してくるが。勝手に興奮し、勝手に冷静になるのだから、彼は彼で、なかなかに曲者のようだ。
「まぁ、錬金術に関しては誇張を含むでしょうが……何にしても、丸ごと貴重な遺跡なのにも関わらず、例の呪いのせいで遺産を持ち出すことさえできぬ有様ですし、現地人は気味悪がって近づきすらしません。ですから……」
「現地に他所者の鑑定士を連行して、その場で鑑定させようっていう算段ですね。ハァァァァ……相変わらず、ヴィクトワール様の暴走っぷりには頭が痛いですね……。要するに、今回の派遣は俺が曰く付きの宝石鑑定が得意だと誤解されているがための人選という事ですか?」
「その通りです! 流石、ロンバルディア公認の一流鑑定士さんは話が早い! いやぁ、是非によろしく頼みます!」
「……仕方ありませんね。やって来てしまった以上は、善処いたしますよ」
一流などと、有りもしない評判をデッチ上げられても何も出ませんけど……と相手の状況を飲み下しながら、ご機嫌も急降下させるラウール。しかも、講義期間真っ最中という事もあり、キャロルはお留守番である。そんな事情もあり、仕方なくキャロルの方はムッシュにお願いしてきたが……どちらかと言うと、イノセントもお願いした方が良かったと、今から頭を抱えるのだった。




