少年はスカイブルートパーズの夢を見る(3)
(何もなさそうだな? ……と言うより、殆ど水没してるじゃん……)
「そうだね。……あぁ、そう言えば。ここの近くには、セヴル運河の水門があったっけ。で、ここの地下は下部貯留部だった気がする」
(ふ〜ん……。だとすると……)
「この隠蔽は公的な組織……多分、アレン様が絡んでいるのかもね」
治水工事に託けて、証拠物件そのものを貯留部の底に沈めるのは容易いことではない。それでなくても、ロンバルディアは内陸国……水運は川任せとは言え、国内の川はどれもこれも非常に穏やかな傾向がある。立派な水門もそうだが、大規模な受け皿を用意する必要性も皆無だろう。
「様子からするに……ここは相当、放置されていそうだな。だとすると……あぁ、ますます別の場所に新しい設備があると考えた方が自然か……」
(だろうな。にしても……はぁ。俺達はいつになったら、首輪を外してもらえるんだろうなぁ?)
ジャックが忌々しげに首輪と称するのは、彼らの首筋に埋め込まれたアディショナルの制御装置のことである。それは彼らの枷にして、彼らの存在を安定させるためのもの。
100%の完成品を思うがままに御するのは、並大抵のことではない。それでなくても、カケラ達は基本的に人間達を敵視、ないし憎悪している傾向が強い。その根本的な原因は彼らを道具として扱い、感情も命もあるのに生き物としてさえ扱わない所業に対する、当然のしっぺ返しなのだが……。元々の目的でもある「その力を取り込んで永遠を得る」事を達成するには、礎が利用できない状態にあるのは、非常によろしくない。だからこそ、研究者達は彼らの力を使いこなす道具を模索すると同時に、彼らそのものを制御する手段を構築してもいた。そして……ユアンとジャックの研究例はカケラと捨て石とを融合させることで、完成品を生み出す手段の確立を目指すと同時に、生み出されたイレギュラー種の制御に対する臨床試験も兼ねていた。
***
(痛いよ……胸が痛い……。心が……痛いよ……! 僕が壊れて……しまいそうだ……!)
仕方なしに命を繋ぐために他の命を食べてしまったこと以上に、自分の心が壊れていくのに怯えながら。それでも、全ての境遇から逃げ出さなければと、少年は必死に足を動かす。景色が真っ白に変わってからというもの、親達はもう彼に狩りをさせる必要もないと判断したのだろう。彼の目の前には、定期的に吸い込まれるような漆黒の鉱石が差し出されるようになった。
硬くて、とても食べられるはずもない、無機質な鉱石。にも関わらず……少年は貪るように、いくつもいくつも、鉱石を何かを埋めるように食い尽くした。その黒い鉱石こそ仲間達が命を貯蔵して作り上げた、彼らの核石そのものであるが……廉価版の命の塊をいくら与えられても。胸の疼きと、乾き切った心が潤うことは一瞬たりともなかった。
そもそも、ダイヤモンドの核石を大量に用意できるはずもない。何せ、相手は至高の宝石……史上最高の硬度を誇る、希少な輝きである。故に、彼らの親達は少年の底なしの渇望にも対応できるように、ダイヤモンドの同類を利用して仲間達を生み出していた。
ダイヤモンドは紛れもなく炭素……つまり乱暴な言い方をすれば、石炭の仲間である。ただ、原子の結びつきの配列が違うだけであって、理論上はその硬度を生み出す圧縮をかけられれば、石炭からダイヤモンドを生み出すことも可能ではある。
そして彼らは圧縮ではなく、濃縮という手段を用いた。捨て石に擬似の核石を埋め込み、石炭を与えることで……命そのものを凝縮させることにしたのである。そして、少年がガラス越しに見つめた光景は……完成品を取り上げられて、再利用に回される仲間達の目まぐるしい生と死のサイクルの一部だった。
知らなくていいことを、見せつけられて。
知りたくもないことを、思い知らされて。
差し出される餌に手を伸ばす自分のさもしささえも、自覚して……少年はそれでも、綺麗な空を分からないなりに思い描く。
外には綺麗な綺麗な色をした、素敵な世界が広がっている。そして、自分と同じ境遇のもう1人と……ここから逃げられたら、一緒に素敵な世界へ出してあげる。そう言われながら、少年が見せられたのは……淡く、儚げな水色の綺麗な宝石だった。
彼が見つめた石の名は、「スカイブルートパーズ」。素敵な世界を切り取ったかのような、初めて見る鮮やかさが少年に与えられることはなかったが……それでも、その小道具は彼に偽りの夢を与えることには成功していた。そして、少年に与えられたのは素敵な世界に憧れる無邪気な夢ではなく、本当は曇り空混じりの陰鬱な悪夢だったことを……彼が気づくまでに、親達はそこまでの猶予を与えもしなかった。




