少年はスカイブルートパーズの夢を見る(1)
あれよあれと500話も目前になってしまい、軽く困惑している間抜けは私です。
そんな中、懲りもせず閑話を投下しようというのだから、呆れられてしまいそうですが。
一応、最終局面で関わってくるキャラクターの身の上話を軽く捻じ込みます。
しかし……まぁ、ここは読み飛ばしていただいても問題ないかと。
世間様はヴァレンタインデーの空気に飲まれて、どこもかしこも甘ったるい雰囲気に包まれている。そんな浮かれている街中で……チョコレートを買いに来ていると思いきや。目抜通りから外れた裏道へ、いそいそと喧騒から逃れるように入り込む1人の男。ビターチョコレートを思わせる深いブラウンの髪に、漆黒の瞳。その上、黒尽くめの格好だというのに……華やかな雰囲気が漂うのは、彼の面立ちがあまりに美しいせいだろう。
彼の名は、ユアン・フェリマン。一時期はオペラ座を席巻していたバリトン歌手であるが、その肩書きは憂さ晴らしを含む、一時的なもの。そう……ただ、自分の感傷を誤魔化すための、偽りの才能でしかなかった。
(どうして、僕はここにいるのだろうな……)
足任せに、複雑に絡み合う裏路地を辿った先。慣れたようにやって来てしまったユアンが見つめるは、1軒の古びた洋館。打ち捨てられて、住人はとっくにいないようだが……この場所こそがユアンとジャック、そして、その他大勢の「兄弟達」が放り込まれた、広大な蟻地獄の巣だった。
(……心が痛むかい、相棒)
「あぁ、そうだね……ジャック。とっても痛いよ。どうして、僕達は……こんな思いをしなければならないのだろう」
(……)
2人でようやく1人のパーフェクト。ここは貴重なダイヤモンドを使っての実験で、見事に50%ずつで覚醒した双子を100%にするために作られた、悪夢の実験場である。ここでユアンとジャックはそれぞれ、青い空を夢見て……互いの胃袋から脱出しようと踠いていたのだ。
***
(ここは……?)
少年がベッドで目覚めると、そこは見覚えのない暗い部屋だった。窓もなければ、あるのは頼りないランプの灯りだけ。何もかもが分からない、何もかもを知らないにも関わらず……それでも、少年はぼんやりと刻まれた誰かとの再会の記憶を頼りに、か細い裸足で歩き出す。とにかく、ここから逃げなければ。
(……お腹、空いた……)
いくつもの部屋を彷徨い歩いても、景色は無機質な灰色から一向に変化しない。それでも、ようやく辿り着いたちょっとだけ生活感のある部屋には、自分と同じような子供達がいて……少年は束の間の安息を得る。しかし、彼らもまた腹を空かせている様子。その根拠をありありと示すかのように、どの空間にも食料らしい食料は見当たらなかった。それでも、最初のうちは互いに協力して鼠を捕まえたり、何かの排水らしい泥水を啜ったりと、必死に飢えを凌いでもいたのだけど……。
(あの子、美味しそう……)
部屋を潜るたびに、仲間が増える。少年は最初こそ、新しい仲間が増えることを歓迎したが。同胞が増員すればする程、自分の取り分が目減りするのにも気づくと、仲間の数は同時に不安材料にもなっていった。それでなくても、自分以外の子供達はどこか未熟で、言葉さえも不自由な様子。楽しいお喋りもできなければ、励ますのは自分だけ。一方通行の虚しい語らいはいつしか、少年を無言にしてもいく。そして……少年が一線を越える瞬間はそう、遠くもなかった。
***
「なぁ、ジャック。君はこの地下で目覚めた後……どうやって生き延びた?」
(あぁ? 決まってんだろ。俺はお前に会いに行くため、必死に周りを食らい尽くしたさ。共食いなんて気色悪いだとか、相手に悪いだとか……そんな罪悪感は、最初からなかったもんでね)
「……本当に?」
だとしたら、どうしてジャックは最後の1本道を自分に譲ったのだろう。命さえも曖昧な記憶に刷り込まれていたのは、2人で青い空を見上げる夢だけ。それなのに……彼らの産みの親は夢を与えるだけ与えておいて、叶えるつもりもなかったらしい。




