ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(21)
「あなたっ! 大変! 大変よっ!」
「どうしたんだい? そんなに慌てて……」
ここはノール・ワッシュが営む広大な農場。ちょっとしたお別れがあってからというもの、寂しさの残る農場でノールが牛の世話をしていると。一大事とばかりに、厩舎に出向いていた奥方が息を切らしてやってくる。そんな彼女の後ろから、嬉しそうに駆け寄ってくるのは……いつかの時に無理やり返還させられた、一頭のシマウマ。あまりに見慣れた顔にノールは思わず、運んでいたミルク缶を倒してしまう。
「レユール……!」
目の前の素敵な再会に比べれば、ミルク缶を倒したことなど些細なこと。そうしてノールが構わず両手を広げれば、レユールの方も嬉しそうに鼻を寄せ、フルルと甘えて見せる。
「シマウマは珍しい動物だから、譲らぬと言われていたが……一体、どうして……?」
「それが、あなた。厩舎にこんな手紙があって……」
「うん?」
“ 楽しい楽しいサーカスで、芸を披露させていただけば。
ショーを彩ったご褒美にと、素敵な宝物をいただきました。
しかし、この子は泥棒めが世話をするにも、手が焼ける。
ここはプロにお任せしましょうと、勝手ながら送り届けた次第です。
是非に、美しいゼブラジャスパーを末長く可愛がってやってくださいませ。
グリード”
「どうして、噂に名高い怪盗紳士がレユールを取り戻してくれたんだろう?」
「……ふふふ、理由はなんでもいいじゃありませんか。こうしてレユールが帰ってきたのですもの」
「それも、そうだな。この際、細かいことは気にしない事にするか。とにかく……お帰り、レユール」
【ファヴォ! ブルルッ!】
それでなくても例の怪盗紳士は常々、気まぐれだともよく噂されている。だからきっと、これも彼の気まぐれの産物なのだろう。
そうして2人と1頭が瑣末なことを受け流して、高く高く澄んだ空を見上げれば。遥か上空にはレユールの帰還を歓迎するかのように、悠々と数羽のアルバトロスが青空を美しく彩っていた。
***
キャロルを送り届けるついでに、ムッシュにイノセントの処遇について相談してみれば。ある意味で予想通りのお言葉が返ってくるものだから、ラウールとしては頭が痛い。無事に店に帰ってきても尚、遅めの開店準備も気乗りしないと眉間に皺を寄せていると。お散歩から帰るついでに、何やら小包が届いているとジェームズとイノセントが知らせてくる。
「この店に小包……ですか? はて……爺様に例の物をお願いしたのは、今朝の今朝ですよ?」
「だが、間違いなくウチ宛てらしいぞ」
ふぅむ……と訝しげに唸りながらも、余計なお時間を取らせるわけにはいかないかと、素直に配達員の差し出した受け取り票にラウールがサインを走らせる。サインの名前を確認して、配達員も「確かにお届けしました」と……しっかりと挨拶をするものだから、彼の背中をご苦労さまと見送るものの。差出人不明ということもあり、丁寧に梱包までされている小包の不気味さはかなりのものである。
「差出人が兄さんやソーニャだったら、名前くらいは書いてあるでしょうし……。まぁ、俺宛てであることは間違いなさそうですから、思い切って開けてしまいますか……」
「それがいいと思うぞ。それで、お菓子を私にもくれ」
【ジェームズも!】
「……誰が、中身はお菓子だと申したのです。大体、2人とも朝食は食べたばかりでしょう?」
いつの間にか随分と仲良くなったらしいジェームズとイノセントにブーブー言われながらも、カウンター上で早速荷物を解いてみれば。中から現れた贈り物に、思わず眉を顰めるラウール。そんな彼の険しい表情に……中身はお菓子ではないらしいと悟ったジェームズとイノセントもつい、落胆してしまう。
【ラウール、ナカミ、ナンだった?】
「あぁ、ちょっとした知り合いから、サンプルが届いたようですね。なるほど。彼は結局、自力で仇討ちをしてしまいましたか」
【クゥン?】
小箱の中には、小さなクリソベリルと……鈍い輝きを放ちつつも確かな熱を持つ、赤々とした断面の赤鉄鉱がちんまりと鎮座している。そうして、何気なく同封されている手紙に目を落とせば……さも気に入らないと、ラウールは鼻を鳴らさずにはいられない。
“君達のお陰で無事、必要なものを取り戻せたよ。
お裾分けと言ってはなんだが、観測結果とお守りを贈ろうと思う。
遠慮なく使ってくれると、私も非常に嬉しい。
それと……いいかね、ラウール。
これからも私の探究心を存分に満たせるよう、必死に生きてくれ給え。
かつてのイヴがそうだったように”
(……お守り、ですか。本当に……彼には何もかもを見つめられているようで、嫌になりますね)
おそらく例の怪人はお守りを使って、これからもラウール……延いてはグリードに力を使うことを唆すつもりなのだろう。
男性のカケラは退化と進化とを繰り返すことで、来訪者の力の上澄みを扱えるようになるが、そのサイクルには、どうしても自我を取り戻すための核石に適合する鉱物が必要になる。だからこそ、彼はグリードがジェムトフィアのお守りを使ってしまったのを見届けて、代替品を送りつけてきたのだ。
「ラウール?」
「あぁ、すみませんね……大丈夫です。兎にも角にも、残念なことに中身はお菓子ではありませんでした。しかし今日は丁度、ショコラティエに行く用事がありましてね。折角ですし……どうですか? これから一緒に、お菓子を買いに行くというのは」
「本当か⁉︎」
【キョウのラウール、キマエいい。イケすかない、テッカイ】
彼らのいけ好かない認識を撤回できたところで、ラウールとしては微塵も嬉しくないものの。今年こそは婚約者にきちんとついでではない贈り物をするのだと、意気込みも新たにするラウール。
目指すは、中央街に店を構える王室御用達のショコラティエ・ベルハウス。かの鋼鉄の騎士団長もお気に入りのチョコレートとあらば……キャロルもきっと、赤バラ込みで気に入ってくれるはずだ。
【後書き】
【おまけ・ヘマタイトについて】
和名赤鉄鉱、モース硬度は約6。
磨き抜かれたヘマタイトは金属光沢が特徴的な宝石として扱われ、パワーストーンとしてもおなじみになりつつあります。
また、断面に鮮烈な赤色を示すことから「血の石」とも呼ばれ、血液の病気に効くとされていた時期もあったようです。
鉄の原料としても重用されてきた歴史があり、今も昔も主要な鉱物ですが……なんと、火星にも存在することが判明しているロマン溢れる鉱石でもあります。
……それにしても、火星ですか。
映画の見過ぎなのかもしれませんが、なんとなく火星には地球外生命体がいそうな気がしないでもないです。
気がつけば、あなたの隣にも人間に成り済ました火星産の赤鉄鉱が……あ、これは流石に妄想が飛躍しすぎていますね。
大変、失礼致しました。
【参考作品】
『IT イット “それ”が見えたら、終わり』
これを見て、夜に1人でトイレに行けなくなったのは、作者だけではないはず。
無闇に排水溝を覗くのも、やめましょう。心臓に悪いです。




