ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(20)
「今日は……お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様……でした。不気味な道化師さんには、逃げられちゃいましたけど……レユールを無事、農場に戻してあげられてよかったです」
同じベッドの上で向き合いつつも……妙な距離感を保ちながら、互いに今日の出来事について話し合うが。やはり、ターゲットを逃がしてしまった事が悔やまれてならない。大々的な被害を出さなかったとは言え、きっと彼はこの先も悪さをするに決まっている。しかも……。
「……ハーレキンへの秘密兵器がイノセントってところが、これまた不安なんですよねぇ。……彼女、あの姿になってから自重を知らないみたいだし……」
「ふふふ、そうですね。でも、なんとなく……」
「なんとなく?」
「こうして一緒にいると家族みたいだな、って思いました。ラウールさんがお父さんで、私がお母さん。それで……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺はあんな生意気な娘を持ったつもりはありません。大体、似ても似つかないじゃないですか!」
「ワガママなところとか、無鉄砲なところとか、そっくりだと思いますよ?」
「うぐ……!」
ズバズバとラウールの欠点を指摘しながらも、キャロルは意外と3人と1匹の共同生活に乗り気と見えて、クスクスと嬉しそうに笑っている。
そのイノセントの見た目は大凡、4〜5歳児くらいである。だとすると、ラウール側は20歳前後で父親になったことになり……まぁ、それは許容範囲だろう。しかし、キャロルの方は多く見積もっても、現在の歳が20歳前後。逆算すれば、約15歳で母親になったことになる。
「その設定だと……俺はまだまだ子供だったキャロルを妊娠させて……それで、イノセントが生まれて……。どこをどう頑張っても、軽く犯罪な気がするんですけど……!」
どこぞの傀儡師よろしく幼女趣味は持ち合わせていないと思いつつ。このまま家族ゴッコを続行する場合は、自分は幼気な少女を孕ませた悪い奴になってしまうらしい。そんなことをラウールがグルグルと考えていると……いよいよおかしいと、キャロルが腹を抱えて笑い始めた。
「……キャロル、何がそんなにおかしいのです。君はどうしても俺を極悪人にしたいのですか……?」
「うふふ……だって、いつになく真剣に悩み始めるのですもの。別に、イノセントさんは養子という事にすればいいじゃないですか」
「あっ、なるほど……って! そうではありません! 俺はこのままイノセントと暮らすのは、絶対に嫌です!」
「どうしてですか?」
「だって、そんな事になったら……えっと……」
君との会話時間が減るではないですか。イノセントが加われば、何かとお節介焼きなキャロルを取られるのは、火を見るよりも明らかである。それでなくても、彼女は毎晩この状況に身を置くつもりもないのだから……ますます、寂しくなりそうだとラウールはつい、俯いてしまう。
「そう言えば、ラウールさん」
「……はい、なんですか?」
「サージュさんにかけられた魔法の中で……私は自分にとって、1番怖い事を思い知りました」
「君が1番怖い事?」
「……この生活がなくなることです。私の悪夢の中では、ジェームズもいなくなって。モーリスさんや、ソーニャさんも……みんなみんな、いなくなって。それで、ラウールさんにも見捨てられて……私は1人ぼっちの偽物に戻ってしまうのです」
でもね、とキャロルがしんみりとした口調で続ける事には。彼女にはその悪夢がただの夢であるということを、どこかでうっすら認識していたから……最後の最後まで、悪夢に飲み込まれずに済んだのだと言う。
「だって……ラウールさんはあの日から、ずっとこの調子ですもの。きっと、私を捨てるなんてことはないだろうな……って、勝手に思っちゃいました。夢の中なのに、おかしいですよね。でも……私はたった1人のキャロルという存在でしかないと、言ってもらえたことも思い出して。……私は偽物に戻らずに済んだのです」
「そう。そうでしたか。それに引き換え……俺は情けないったら、ありませんね。キャロルがあの時、呼んでくれなければ……多分、俺の方は悪夢の続きを選んでいたでしょう」
それでも現実を諦めずに済んだのは、彼女の元にこそ帰りたかったから。母親との再会はどんなに望もうとも、絶対に叶わない。それに……母親の死は遠からずやってくる瞬間だと、幼かった自分でさえも分かっていた事だった。
彼女とのお別れは、イヴがモーリスとラウールの未来を諦めなかったが故の、大きすぎる代償。その代償を、どこかの誰かさんが少しばかり買い取ってくれたところで……彼女の身に修復不可のクラックが刻まれていた以上、未来の大筋が変わることもなかった。
「それはそうと、イノセントの部屋を用意してやらねばなりませんか。仕方ない。明日は兄さんの部屋を片付けますか……」
「別にそれはもう、いいと思いますよ」
「えっ?」
「……ただ、少しずつ荷物をこの部屋に持ち込んでも、いいですか?」
「えっと……? それって、つまり……?」
「ふふ、眠る前にお喋りするのも楽しいと思います。……ただし。疲れている時は、おやすみの口づけまでにしてくださいね」
悪戯っぽい赤い瞳で見つめられて、先制攻撃の色仕掛けで強か牽制されては、ご意向に従うより他にない。そうして、約束のツケも未だにたんまりと残っているのも確かに思い出して……まずはしっかり意思表示しましょうと、ラウールが控えめに彼女の頬に口づけをしてみれば。確かに受け取りましたと、キャロルも優しく微笑んで見せるのだった。




