表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
470/823

ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(18)

 残されている活動時間は残り僅か。お目当てのものを手に入れられなかった上に、糸を焼き払われるついでに足も一緒に焼かれていて……ズキズキと痛み出すのだから、これまた厄介だ。それでも、多大な喪失感さえもひっそりと包み込む、薄暗い地下道を辿る()()は心地いい。


(備蓄もあるし、今は無理をする必要もないな。餌もまた、都度用意すれば事足りる。足は……休めば治っているだろう)


 どうせ、自分の糧を横取りする者もいない。彼は今も昔も絶対王者……熾烈な生存競争を生き抜いた、唯一無二の化け物なのだ。

 奢った事を考えながら、サージュは膨大な時間をかけて作り上げた自慢の地下迷宮を辿りながら……自身の出自にも想いを馳せていた。


 遙はるか、昔……産まれたての彼は、本当に小さな小さなヒメグモの仲間・ミラースパイダーという蜘蛛だった。しかし、彼らの縄張りに()()()()()()()が住み着くようになってからと言うもの、その生き物の近くで仲間達も、彼も……卓越した叡智を持つようになっていった。

 それでなくても、蜘蛛は元から賢い生物である。脳の比率も大きく、網を張るにしても、狩りをするにしても……複雑なメソッドと経験則は、彼らの知能が高いことに由来している。そんな中、彼らの賢さを助長する魔法を振りまく鈍色のヘンテコな生き物が出現したことで……彼らの住処では、非常に困った事態が起こるようになっていた。

 賢さを得ると言うことは、欲望を得ると言うことでもある。

 必要最低限の生命維持、子孫繁栄を繰り返すだけのサイクルに満足できなくなっていった彼らは、次第に必要以上の糧を消耗していくようになった。純粋に腹を満たすだけではなく……より甘美に、より贅沢に。食事1つでさえ、欲望を剥き出しにするようになった彼らが、不必要なはずの争いの中で……互いの身こそが最上のご馳走であることに気づくのにも、そう時間はかからなかった。

 それは()()()()()()()()()()()()()()の視界にさえ入らない、小さな小さな世界の出来事だったろう。しかし、閉ざされた世界で繰り広げられていたのは、略奪と虐殺……更には種の継続という生存本能とは逆行する、共食いという凄惨な非常事態だった。

 そうして……閉ざされた世界を生き延び、特に叡智の恩恵を受けた後のサージュが頂点に上り詰める頃。元凶のヘンテコな生き物は彼の成長と反比例するかのように、その身を摩耗させては小さくなっていった。そうして、互いの大きさと力とが拮抗した暁に……小さなミラースパイダーだったはずの彼は()()そのものを喰らい尽くし、天空からの来訪者の突然変異種としての存在を確立したのだった。


(あぁ、やはり……あの味は忘れられん。この牙を強か刺激する、確かな強度。無機質なはずなのに、ゆっくりととろけては体を巡る、血の香り。あぁ、あぁ……! あの甘美な味わいは、どこで手に入れられるだろう……!)


 彼が喰らい尽くしたのは、他でもない。恍惚の彗星・エンチャント……赤鉄鉱(ミラージュ)の来訪者であり、自身の鱗を削ることで周囲に柔らかな魔法を齎す安寧の化身だった。かの鱗を割ってみれば、外側の鉛色からは想像もできない真紅を示し……まるで血も滴る新鮮な肉のように、かつてのサージュの欲望を余す事なく満たしていった。それ以来彼は殊、彼らから作られたというカケラ達に狙いを定めては、狩りを続けてきたが……あの至高の美味が彼の舌の上を再び転がることは、未だない。


(体が重くなってきた……。そろそろ休眠期間……か。次こそは……)


 地下迷宮の中にある巣穴に戻って、食料を物色するサージュ。彼の備蓄庫には丁寧に糸で巻かれては、()()が天井から力無くぶら下がっているが……どれもこれも、今の気分を満たすことはできぬと、忌々しげに鼻を鳴らす。

 それでなくても、人間はあまり美味ではない。普段から、肉が柔らかい子供に狙いを定めるものの……それは食感や味以前に、彼らの恐怖心が純粋で狩りがしやすいからという理由も含む。


「ふぅむ……これはまた、悪趣味な部屋ですな?」

「だ、誰だ……⁉︎」

「あぁ、失礼。私はアダムズ・ワーズ。ちょっとした物を返して頂こうと、お待ち申し上げておりました。返していただく手前、何も言わずに持っていってもいいのでしょうが……。何分に、それができない代物でして。それでなくても……ふふふ。()()()があなたを弱らせてくれましたからね。……その足の火傷、相当に痛むのでは?」

「……!」


 しかし、いつもなら誰もいないはずの備蓄庫には、紫色の瞳を輝かせる怪人が佇んでいるではないか。その瞳の輝きに、忌々しい泥棒の面影を思い出して……俄に後退りするものの。これは寧ろ、絶好のチャンスとすぐさま思い直してはほくそ笑むサージュ。彼こそが今の自分の食欲を満たす、最高のご馳走になり得るだろう。そんな最高の獲物がノコノコとやってきてくれたのだから……狩らぬ方が狂っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ