クレセント・レディ(5)
メーニックの歓楽街。夜行性の街の中でも、殊更大きな酒場・ホージェニーは宵の口から大盛況だ。
何でも、フラリと羽目を外しにやってきたと言う若い紳士が儲けを皆にも分配したいと、気前よく前金も揃えて他の客にも酒を振る舞い出したものだから……高級店のはずのこの店には、普段は縁すらない者さえもここぞとばかりに酒に群がる。そんな状況を素面で酔った振りをしながら……渦中の紳士・モーリスは店内の様子に油断なく、目を光らせていた。
(ヴィクトワール様の話だと……犯人は多分女性だろう、ということだったけど……)
彼女の言う“彗星のカケラ”のフレーズに、陽気な酒場にそぐわないほどに苦々しい顔をするモーリス。カケラということは、元々それは1つの存在だった事を意味する。その通称名に言い得て妙だと流石のモーリスも内心、皮肉らずにはいられない。そんな呼ばれ方をしたことで……完成品とみなされた弟が、どれだけ傷つけられてきたことか。
「いかがしましたか、ムッシュ。顔色が悪いようですが?」
「あぁ、いや? 少々、嫌な事を思い出してしまってね。……折角、それを忘れるためにこちらにお邪魔したのに、これじゃ意味がないですね。まぁ、あまり気にしないでください。今日は僕も、細かいことは気にしないことにしますから」
カウンター越しに怪訝そうな様子で酒場のマスターが話しかけてくるのを、取り繕うようにあしらうモーリス。そうして差し障りのない笑顔を見せながら、自分の前に置かれていたショットグラスを持ち上げると、酔う事すらできないブランディをキュッと呷る。
そんな風に仕方なしに数時間過ごして、外に出れば。頭上の漆黒には、薄笑いの三日月がかかっていた。何となく……嫌な予感をさせる朧げな月明かりに合わせるように、千鳥足で歩いてみると確実に自分が狙われているらしい熱視線を感じて、身震いをする。ラウールとは異なり、9割は生身の人間であるモーリスにとって、明らかな敵意を含む空気は恐怖以外の何物でもない。
(きっと、ヴィクトワール様も見張ってくれてはいるのだろうけど……どこだ? 彼女は……どこから僕を見ている?)
酔ったフリの演技に苦労をしつつ歩みを進めていると、少し先の右手の裏道から何かを引き摺りながら、誰かが近づいてくる音が聞こえてくる。キィキィと耳障りで、神経をかき乱される摩擦音。異常な空気に、演技を忘れて暗がりの先を見据えれば……角の先から現れたのは、柄の長い何かを力なく引き摺った、真っ白な顔の若い女だった。




