ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(17)
「……やはり、あの時にお前を無理をしてでも、壊しておくのだった……!」
「あの時……?」
ゆらりとテントの燃え滓から立ち上がっては、忌々しげにグリードに握られているイノセントを睨むサージュ。言葉尻からするに、どうやら……サージュはかつて、イノセントを亡き者にしようと試みたようだ。しかし、当のイノセントは取るに足らぬと退屈げに応じるのだから、いよいよ意地も悪い。
(あぁ、その変な顔で気づかなかったが……お前、あの時にブランローゼに忍び込んでいたカケラか。……あまりにちっぽけな存在すぎて、今の今まで思い出せなんだ)
「ふふふ……でしょうな。あの時の私には、まだまだ力が足りなかった。何せ、お前は原初のオリジンだ。……お前の輝きは、あまりに眩しすぎる」
サラスヴァティを手に入れられなかった悔しさもあり、今も昔もイノセントはサージュにとって、邪魔者以外の何ものでもない。それでなくても、当時……27年前のブランローゼ城はイノセントの存在感もあって、彼には未知なる毒に満たされた危険な場所だった。しかし、折角の活動期間中に手ぶらでは帰れぬと、イノセントから作られた宝石人形を少しばかり無理をして攫っては、食らってもみたが。結局、未だに耐性を持つにも至らない。
「……で? どうしますか、サージュさん。俺としては、あなたを見逃すわけにもいかないのです。申し訳ありませんが、この世界からご退場願いたいのですけど」
「おや……オリジンはともかく、泥棒如きが私に勝った気でいるのかね? ふふふふ……アッハハハハ! こいつは傑作ですねぇ! ノン、ノン! お前に何ができると……」
「はい、それ以上は結構ですよ。あなたの素性は詳しくは知りませんが……お話から察するに、今まで相当数の核石を取り込んできたのでしょ? でしたら、こいつも効果抜群でしょうね」
そうして相棒を手放して空いてしまった左手に拘束銃を握りしめ、サージュに銃口を向けるグリード。チリチリと神経を刺激するその銃口の様子に……きっと、彼が言わんとしている事を理解したのだろう。余裕の態度を崩さないにしても、明らかに面白くなさげに口角を下げては、最後の抵抗と口から大量の糸を吐く。
「……!」
「仕方ありません。今回は……ここで撤収と致しましょう。あぁ、そうそう。例のゼブラジャスパーですが……いいでしょう、いいでしょう。あなたにくれてやりますよ。どうせ勝手にコレクションを盗み食いした、卑しい獣です。虎の餌にでも、獅子の餌にでもしてしまいなさいな」
「ま、待てっ!」
いいえ、待ちませんとも……と、響き渡る嘲笑とともに蜃気楼のように掻き消えていく、不気味なハーレキン。そんな幕切れに、普段であればセリフが逆だと嘆息しては、ターゲットを仕留め損ねたとグリードは肩を落とす。
「お迎えが遅くなってすみません、クリムゾン。とりあえず……今回は仕切り直しと致しましょうか」
「……そう、ですね。まずはお互いに無事で良かったと思います。……彼の足取りは、改めて調べればいいと思いますよ」
「ですよね。それじゃぁ……うん、俺達も帰りましょうか。……観客の皆さんの夢も醒めないうちに」
これだけの大捕物(しかも失敗)が繰り広げられていても、テントが剥がされた寒空の下で未だに拍手を止めない彼らを覚醒させようと……最後に、少女の姿に戻ったイノセントにちょっとした魔法をお願いするグリード。彼のお願いに乗り気ではない態度を見せつつも……仕方ないと首を振っては、役目を果たすべくイノセントがグリード達としても見慣れた姿に戻る。
【全く……結局、力を使う羽目になるのだな】
「そう、言わないで下さい。きちんとご褒美は差し上げますから。それこそ……明日はまた、お買い物にでも行きませんか?」
【う、うむ……そうだな。次は……ケーキとやらを食べてみたい……】
竜神様はムッシュが食べていたチーズケーキに興味津々らしい。そうして、見事に餌に釣られた彼女がお役目を果たして見せれば。観客達も、団員達も、動物達も……茶褐色の幻惑から解放されて、その場でスヤスヤと眠りに落ちる。きっと、この寒さでは彼らも直に目を覚ますだろう。そこまで見届けて、お次はもう1つのターゲットを忘れずに探しに行こうと、ひっそりとサーカスを後にする泥棒一味なのだった。




