ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(16)
「と、いう事でグリード。私を武器として、使う気はないか?」
「……すみません、イノセント。何がどうなって、その発想になるのでしょうか……?」
敵前で、何を悠長な。先程から糸と毒混じりの体毛とを飛ばしてくるサージュ相手に、余裕の様子で攻撃を防ぎながら、突拍子もない事を言い出すイノセント。
「意外と疲れるのだ、あの姿でいるのは。ついこの間までは仕方なしに、力が足りなくてあちら側で過ごしていたが……存外にエネルギー消費量が大きくてな。エネルギー源を補給しに空へ出向こうとも……億劫な時があって……」
「……あなた達って、意外と人間臭いところがあるのですね……」
そう言えば、青空城の主はお爺ちゃんモード全開の腰痛で悩んでいたような。しかし、彼女の主張は老化現象とは無関係の、完全なる怠け者の言い訳である。
【さっきから、ゴチャゴチャと……! この目障りな弱小生物ドモガ……!】
「あぁ、すみませんね。サージュさん。ウチのアホ竜神がこんな所でワガママを申しまして……。ハァァ……仕方ありません。でしたら、イノセント。こちらにお手をお借りできますか?」
「アホ竜神とは失礼な! まぁ、いい。是非に頼むぞ、グリード!」
(……イノセントさん、本当に大丈夫かしら……?)
多分、彼女がそんな事を言い出したのは、無理やりにでも怪盗紳士の仲間入りをしたいからなのだろう。妙な機微も珍しく嗅ぎ取りつつ、彼女がこのままアンティークショップにも居座るつもりらしいことも悟って、更に深いため息をつくグリード……もとい、店主。問題児込みのお仕事は懸念と危険が一杯で、ほとほと嫌になってしまう。
「雑多な問題は後で片付けるとして……どうですか、イノセント。道化師を諌める剣になった気分は」
(おぉ! なんか、こう……何でもズバッと切れそうな気がするぞ! さぁ、さぁ! グリードよ! 私を存分に振るうが良い!)
「さ、左様ですか……。クリムゾンも、準備はいいですか?」
(は、はい……私の方はいつも通りでお願いします……)
存在こそが危険と隣り合わせ、という嫌味を匂わせたつもりだったが……どうやら、当の竜神様は人間の故事にも疎いご様子。自分こそがグリードの悩みの種になっているとも露知らず、白銀に輝くその身を構えられれば。イノセントもご機嫌麗しいとばかりに、クリムゾンとは対照的な青い炎を吹き出し始める。
【……! オ前達ハ、本当に……一体、何者ナノダ?】
「見ての通り、宝石が大好きな泥棒一味ですよ? しかし……なるほど。あなたが今までロンバルディア中央街を避けていたのは、イノセントのせいだったのですね。……あなたの特殊能力とイノセントの特殊能力では、あまりに相性が悪い。ご自慢の神経毒と幻惑をこうもアッサリと打ち破られては……狩りもやりづらい事、この上ないでしょうね」
【煩イッ! こうなったら……マトメテ喰らい尽くしてクレル!】
古来から存在する魔法使いの威信に、嘘はない。彼の魔法のレパートリーはまだまだ尽きない様子。幻惑こそ、もう効果はないとは言え。蜘蛛というのは、非常に芸達者な生き物らしい。粘着質の糸に、びっしり生えた鏃代わりの体毛。そして……不気味に蠢く口からは糸だけではなく、何かを蒸留して作られたらしい醜悪な匂いの毒ガスを撒き散らし始めた。
【キュゥゥゥン! ジェームズ、ちょっと、もうムリかも……!】
「こいつは酷い臭いですね……。ジェームズ、無理しなくていいですよ。ここは3人で何とかします! 今しばらく、外で待っていてください」
【スマない!】
嗅覚を必要以上に刺激されたジェームズが堪らず悲鳴を上げたので、重症になる前にご退場願うグリード。そして、自身も鼻が捥げそうな悪臭をイノセントの炎で浄化しながら、クリムゾンの炎で本体への直接攻撃を試みる。しかし……。
【甘いゾ、コソ泥風情ガ! このテントは私の領域……既に網は張り巡らせてアルのだ!】
「……蜘蛛の糸って本当に便利ですね……。伸縮自在、強度も十分。攻撃手段としても、防御手段しても性能は一級品。これはまた、厄介な……」
糸を頼りに上空へ逃げ果せた彼の言葉を確かめようと、自慢の瞳を暗がりに凝らせば。テントの上空には、蜘蛛の巣が縦横無尽に張り巡らされているのが見えてくる。そして、彼は自身が作り出した罠の見取り図をしっかりと覚えてもいるのだろう。大きな体躯からは想像もできないスピードで天井を渡り始めては、ありとあらゆる方向からステージの上へ奇襲を仕掛け始めた。
(上空は網の罠、下方はガスの吹き溜まり。その上、相手の視覚も無限大……って、違いますね。蜘蛛って目はあまり良くなかった気が……)
大きな目が8つもあるのだから、視力は良さそうに思えるが。しかし、一般的に蜘蛛の視覚は非常に軟弱である。色を見分けることはある程度できるとされているが、基本的に他の機能で弱視を補っているのが通説だ。
「でしたら……代替手段を封じるしかありませんか。クリムゾン、申し訳ありませんが……」
(はい?)
「もう一度、フライトをお願いできます?」
(えっ?)
そう言うが早いか、あれ程までに固執していた相棒をあろう事か、単身でテントの上空へ送り込むグリード。そうされて、クリムゾンは事情を飲み込めないまま、炎も吹き出しつつ……蜘蛛の巣を切り裂き通過しては、最終的にはテントのポールに突き刺さる。
(ちょ、ちょっと、グリード様っ!)
「すみません、クリムゾン! すぐにお迎えに上がりますから、周りの糸を燃やし尽くして欲しいのです!」
(もぅ! 相棒遣いが荒いのですから!)
(おぉ! 私も飛んでみたいぞ、グリード!)
「……お願いですから、イノセントは黙っていてください……」
上から下から、相棒達に注文をつけられながら……もう一度テントの上方を見上げれば。クリムゾンに糸と一緒に幌も燃やされて、丸ごとサージュの仕掛けが解けていく。ここまで身包みを剥がされては、蜘蛛の姿では分が悪いと考えたのだろう。まるで大きな風船に針を突き立てられたように、萎んだテントの片隅には……笑顔の化粧でさえも隠し切れない牙を剥いたハーレキンが、憤怒の形相でグリードを睨みつけていた。
【ちょっとした補足、「ダモクレス」について】
後書き部分が変な引用癖が止まらない、作者の言い訳コーナーになりつつありますが。
今回は「ダモクレス(作中ではダモクレアに変更)」についてちょっとばかし、説明をば。
「ダモクレス」は武器の名前ではなく、人名でして。
「ダモクレスの剣」という故事を無理やり引用したのですが……バッチリ固有名詞ですね、コレ。
なので、ちょっぴり武器名っぽく改変(改悪とも言う)しました。
ご都合主義的にクレイモア(大きな剣)を文字ってます。ハイ、合掌。
尚、「ダモクレスの剣」の内容としましては。
誰もが羨む地位や名誉であろうとも、危険と隣り合わせであることを「玉座の上に髪の毛で吊るした剣」を用いて家臣・ダモクレスに示したシラクサ国王の寓話でして。
王者には常に危険は付き物、優雅で豪奢な生活の影には常に危機が迫っている。
しかも、その生活は髪の毛1本の心許ない均衡で保たれているだけかも……。
……きっと、シラクサ王は国王もそんなに楽じゃないよと言いたかったのだと、作者は勝手に想像していたりします。




