ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(15)
渡りかけた虹の幻惑から、目覚めてみれば。視界に映るは、小さな白い少女の背中。どうやら……彼女はジェームズの言いつけを守らずに、サーカスへの飛び込み参加を志願した模様。しかし、か細い背中がこれ以上なく頼もしく見えるのだから、天下の大泥棒としては非常に情けない。
「……グリード様、大丈夫ですか?」
「えぇ、お陰様で。俺も……向こう側へ行かずに済んだようです」
一足先に幻惑から立ち直っていたクリムゾンが、心配そうに自分を見つめているのにも気づいては、やっぱり諦めなくて良かったと嘆息するグリード。いずれにしても、今は目の前の厄介事を片付けるほうが先。諸々の話し合いは、後回しにしたほうが良さそうだ。
「……イノセントにもお礼を言わなければなさそうですね。それで? あなたはこいつが何なのか、ご存知なのですか?」
「まぁ、何となく……は。しかし……こいつは私が知っている同胞とは既に、別物だ。なるほど……な。核石は外からだけではなく、内からでも根付くんだな」
【キ、貴様……マサカ、呪イノサファイアヲ守ってイタ……】
「呪いのサファイア……? あぁ、サラスヴァティの事か。あれは、おいそれと手を出していいものではないぞ? 何せ……プリフィケーションの恨みがたっぷり籠っておる。だから、あれの持ち主は私を封印に据えて、厳重に保管していたようだが」
とは言え、サラスヴァティは諸事情によりクリムゾンの左胸に控えめに鎮座しているのだが……その事実をここで告げる必要もないだろう。
おそらく、サラスヴァティが悪さをしないのは、キャロルが恨むべきではない対象だと判断されている事と、彼女が耐性込みの特殊な存在であるという事……それに加え、性質量の殆どをクリムゾンが占有している事情が幅を利かせている。たまに気まぐれに顔を覗かせることもあるようだが……そこはラウールが気を付けさえすれば、大きな問題にはならなさそうだ。
「さて……と。お前がエンチャントを取り込んでから、どれだけの悪さをしてきたのかは存ぜぬが……少なくとも、我が同胞はその在り方を受け入れるつもりもなかろう。だから……ここで私が終いにしてしまおうぞ。この……忌々しい、赤鉄鉱の化け物めが!」
【ククク……化ケ物はお互い様、ダロウ? まぁ……いい。ココでお前も取り込めバ……私はモット、素晴ラシイ存在へ進化デキる!】
彼の言う素晴らしい存在が、どんな化け物なのかは想像もできないが。極上の獲物を見定めて、サージュだった大蜘蛛が嬉々として、糸を吐き出す。しかし、出番をしっかりと認識したクリムゾンがその身を魔剣に変じ、糸という糸を赤々と燃やし尽くした。
(グリード様!)
「えぇ、勿論です。さっきの恐怖のお礼を、たっぷりとしなければなりません!」
「ほぉ……! クリムゾンはそんな事もできるのか。って……あぁ、違うか。グリードは鉱物を武器に変換できるんだったな。……ムッシュもそんな事を言っていた気がする」
「まぁ、そんな所です。……あまり、乱用できる能力ではありませんけど」
本来、その能力の実行にはかなりの痛みを伴う。無理やり手の平に押し込んで性質変化を具現化するには、グリード側も精神力をかなり削らねばならない。
自身の手で起こっている変異性が、明らかに異形の能力であるという現実を突きつけられることは、自身も化け物であるという証明になり得る。痛み以上に苦悩の精神ダメージは常々、彼の核石を調子づかせるオマケも付いて回っていたのだが。
「……相手がクリムゾンであれば、俺も無理をしなくて済むのは有難いですね。乱発はできませんが、相棒も同類なのは……なかなかに素敵な事です」
「ふぅ〜ん……まぁ、いいか。では、糸の方はクリムゾンに任せるとして……ふむ。しかし、どうしようかな。正直、私はあの姿には戻りたくない。あちら側であれば、この空気を浄化するのも容易いだろうが……折角、こんなに可憐な姿を手に入れたのだ。あちら側に戻るのは……ちょっと、なぁ……」
「はい……?」
【イノセント、イマはそんなコトをイっているバアイ、チガう】
しかし、イノセントはやっぱりどこまでもズレた竜神様らしい。自分で自分の容姿を「可憐」と言い切る図太さ以上に……目の前に緊急事態が牙を鳴らして口を開けているのに、こんな所でも駄々をこねる呑気さといったら。周囲の緊張の糸を素気無く切断して、呆れさせる始末である。




