ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(12)
(あれは……ラウールとキャロル、だよな? 一体……何をやっているんだ⁇)
周囲の熱気と興奮に飲まれながらも、思いがけない顔見知りの登場に、急激に白けてしまうイノセント。しかし、白けたついでに周囲の状況がタダの熱狂でもない事に気づいては……ようやく、自分自身がどんな存在だったのかを思い出し始める。
(まさか、この感じは……幻惑か?)
大人も子供も、そしてステージのパフォーマー達も。彼らの目の色が一律同じ色に変わっている事に気づいては、古い古い知り合いの特殊能力に思い至る。
間違いない。彼らのこの状態は……かつて死に際の人間達にひと時の夢を与えることで、最期の安寧を齎していた恍惚の彗星・エンチャントの幻術によるものだ。
死への恐怖の払拭と、新たなる旅立ちへの希望を与えること。それが本来は温厚な来訪者の役目であったが……エンチャント自身は非常に脆く、非力な存在であった。しかも、元から小柄でもあったため、イノセントはてっきり彼は役目の中で、摩耗し尽くしてしまっていたとばかり、思っていたのだが……。
(この邪悪な感じは何だ? この空気はエンチャントのものではない……?)
彼女自身はあまり接したことはなかったとは言え、同類である以上は互いの空気感もある程度、肌で感じることはできる。しかし、そんな感覚的には旧知の仲であるはずの感傷さえも、ヒリヒリと刺激するようなその空気は同類のものとは異質であった。
【フガッ、ガルルッ(ミつけたぞ、イノセント)】
「なんだ、この奇妙な生物は……」
【ガフ(キミョウ)⁉︎】
状況確認に忙しかったイノセントのワンピースをチョイチョイと何かが引っ掻くので、そちらを見やれば。そこにはモコモコした正体不明の生き物が立っている。一方のモコモコはあまりに薄情なイノセントにフガフガと一生懸命、正体を明かそうとするが……悲しいかな。言葉がないと、なかなかに伝わらないものらしい。仕方なしに、キュウゥゥンと鳴いてみせては、彼女のワンピースをグイグイと引っ張り始めた。
「って、これ! 何をするのだ、毛玉!」
【ガフフ、フゴッ(いいから、こっち)!】
中身はジェームズのモコモコを毛玉呼ばわりしながらも、居心地も悪いのだろう。なすがまま、モコモコに誘導されながらテントの外に出てみれば……風船に夢中だったイノセントも、流石に冷静さを取り戻し始める。
「まさか、お前は……ジェームズか?」
【ようやくキヅいたか、このボケリュウジン。とにかく、アトはグリードタチにマカせて……ジェームズタチはカエるぞ】
「ボケ竜神とは失礼な。それはともかく……あぁ、なるほど。今更だが、この風船をジェームズが怪しいと言っていた理由が、ようやく分かった気がする。こいつの中に詰まっているのは、多分……エンチャントの魔法の粉だろう」
【エンチャントに……マホウのコナ?】
モコモコ姿のまま訝しげに首を傾げるジェームズに、知る限りの思い出話をするイノセント。
彼女によると、エンチャントはヘマタイトの来訪者であり、彼の鱗は粉末状にすると血の色と見まごう深紅を示す、魔法の粉に変化するのだという。
粉の正体は所謂、酸化鉄が主成分だが……そこは、銀河からやってきた未知の生命体。彼の身から齎される魔法の粉を振り撒けば、空間そのものが黄金色の輝きで埋め尽くされ、煌めく片鱗が目まぐるしく喜びを映し出す、享楽の万華鏡にも見えて。死に際の人間達には、最期の輝きこそが天国に通ずる甘美な余韻にも見えたが、実際は……。
「……エンチャントが人間達にくれてやるのは、安らかな死だ。奇跡でもなければ、魔法でもない。だけど……」
【ヤスらかなシほど、シアワセなモノもないのかもシれないな。……ダレしもシをオソれるのは、それがクルしいかもシれないからだ。クツウだけじゃない。ジブンがオわってしまうコトが……きっと、コワいからなのだろう】
「そう……だな。しかし、さっきのは私の知るエンチャントの魔法でもなさそうだ。だとすると……私の出番もあるかもしれん」
【イノセントの……デバン?】
この竜神様はまだ飽きもせず、サーカスに居残るつもりらしい。一方で、いよいよモコモコ姿でいるのも飽きてきたジェームズが器用に衣装を脱ぎ捨てながら、イノセントの様子を窺っていると……彼女は自分の存在意義を示しましょうと、あれほどまでに大事にしていた風船を抱き抱えて、一思いに押し潰す。
【ブワッ⁉︎ な、なんだ、このヒドいニオイは⁉︎】
「……エンチャントもどきの魔法の正体だよ。こいつは……一種の神経毒だな」
【チョ、ちょっとマテ! そんなものをこんなトコロで……って、アレ? ジェームズはヘイキだぞ?】
匂いは酷いけど……と、鼻を苦しそうに前脚で押さえながら、キュンキュンと鳴くジェームズを安心させようと、イノセントが言葉を重ねる。それと同時に、手のひらでドス黒く燻る鈍い光を受け止めては……意識を集中し始めた。
「……私は純潔の彗星、イノセント。この程度の毒を浄化するなど、容易いこと。原初の穢れに比べれば、同胞もどきの毒など、可愛いものよ」
【なるほど。イノセントのデバンというのは……そういうコトか】
その通り……と、ここ数日の浮かれ具合も風船と一緒に萎ませては、イノセントは決心したように目の前に佇むテントを睨みつける。まさか、摩耗していた存在意義を拾い直す事になるなんて、思いもしなかったが……それでも。この魔法の主を清める事こそが、同胞への最大の手向けだと割り切っては……怪しく口を開けるテントの中へと舞い戻る。




