ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(11)
空中ブランコで宙を飛び交う、華やかな女性達。彼女達の合間を縫うように張られた、ロープの上を器用に渡る泣き顔ハーレキン。賑やかなのは、テントの上空だけではない。ステージの上ではクマやシマウマの曲芸に、ジャグリングやマジックショーのパフォーマンスと……次から次へ、所狭しと縦横無尽。パフォーマー達が淡々とプログラムをこなしていく。
どこに視線を合わせても初体験しか存在しない空間に、周囲の観客同様に興奮の坩堝に飲み込まれるイノセント。幼い見た目に違わぬ無邪気な様子でキャッキャとはしゃいでは、夢のようなひと時にすっかり魅了されていた。
そして……ショーはいよいよ、クライマックス。奥から美しい毛並みの虎が3頭も姿を現しては、きちんとお行儀よくステージ上にお座りし始めると……彼らの前には、轟々と盛る炎の輪が並べられる。
「さぁ……我がサージュ・サーカスも大詰めのお時間です! ここに並ぶは、世にも凶暴な虎ですが……って、あれ?」
しかし、意気揚々と張り上げられる解説の言葉が尻すぼみになっていくので……何だ、何だ、と観客達が騒いでみれば。あちこちを探す間もなく、しれっと元凶が虎の頭を馴れ馴れしく撫でているのが、目に入る。そうして、注目もスポットライトもあっという間に独り占めにした黒尽くめの男が、嬉しそうにカラカラと笑い始めた。
「Bon soir……こんばんは、紳士淑女の皆様方。今宵のサーカスに是非に混ぜて頂こうと、馳せ参じましたグリードと申します。つきましては……クククク! この泥棒めも1つ、ちょっとした芸を披露しようかと。さぁさ、皆様! この愚か者にも、盛大な励ましの拍手を願います!」
「お、おい……! 何を勝手に……!」
しかし、相手はあのロンバルディアでは有名人の怪盗紳士である。彼の気まぐれ参加を歓迎しない観客など、誰1人いない。テント中が拍手喝采と歓声に包まれては、怖いもの知らずの猛獣使いも引き下がるしかなく。そんな猛獣使いの手から視線だけではなく、鞭をも横取りするグリード。果敢に3頭の虎を相手にせんと、ピシリと鞭を鳴らし始めた。
「さぁ、お手をこちらに……マイ・レディ。彼女はクリムゾン。このグリードめの素敵な相棒にございます。今回はお利口な虎と、彼女の身軽さを生かしたハイレベルな炎のパフォーマンスを、ご覧に入れましょう!」
クリムゾンの名前にあつらえて。真っ赤な瞳とルージュが一際、彼女のマスク姿を鮮やかに彩る。仮面で顔の半分が隠れているのは、グリードと同じだが。得体の知れない雰囲気に似合わず、彼女は彼女でご挨拶をと……上品にカーテシーをして見せた。
「さて……まずは、こちらのお手並みを拝見しましょうか。ほらほら! 君達の番ですよ!」
まるで猛獣使いの経験がありますと言わんばかりに、鞭を手慣れた様子で鳴らしながら……手始めにと、虎3頭を誘導するグリード。彼の鮮やかな鞭遣いで引き出されるのは、かつてない程の圧倒的なスピード感と重厚感。獰猛でありながら美しい野性味も惜しげなく振りまく、虎達の迫力満点の熱演に、既にテント内は大盛り上がりだ。
そうして、グリードがお役目をしっかり果たした虎達に労いの言葉を掛けつつ、頭を撫でやると……今度は3頭がゴロニャンと仰向けで転がり始める。そんな彼らの姿に、思うことがあるのだろう。当のグリードはこいつは困りましたね……と、大袈裟に肩を竦めて見せる。
「……こうなると、虎も大きな猫なのですねぇ……。ま、懐かれるのは悪くないか。ではでは……次はいよいよ、メインステージ! クリムゾンの空中火の輪くぐりでございます。クリムゾン、頼みますよ」
「はいっ!」
グリードのお願いに快く応じたかと思うと、ヒョイと彼の片腕に抱き上げられるクリムゾン。片や、グリードの方は器用に空いている右腕で鞭をしならせると……先ほど、虎達が勇猛果敢に潜り抜けていった燃え盛る輪を空中へと次々に放り投げる。
はてはて、これは何の冗談か……はたまた、夢か魔法だろうか。
グリードが操る鞭に導かれて宙を彩る炎の輪を、あたかも自由自在に空を飛ぶように、彼に放り投げられたクリムゾンが通過していくではないか。フィッシュテールの衣装を微塵も焦がす事なく、余裕の表情で上空を舞う愛しいマイ・レディ。そんな彼女の動きに合わせて……グリードは的確に鞭をしならせては、上りも下りもお熱いスポットライトをご用意しましょうと、彼女のフライトを彩るのにも、余念がない。
「……はい、お疲れ様でした。ククク……どうでしたか? ちょっと変わった空中散歩は」
「ふふ。あっという間でしたけど、楽しかったです。あぁ……でも、ちょっと汗をかいちゃったかも」
「おや!」
最後は抜かりなく火の輪を元の台座に戻しつつ、しっかりと腕の中にクリムゾンも取り戻すと……相棒の口からちょっぴり色っぽいお言葉が飛び出すものだから、大泥棒の口元も思わずニヤリと歪む。
最後はしっかりと熱々な様子も見せつけつつ。仰々しくお客様へ礼をするグリードと、抱き上げられたままポーズをとるクリムゾン。彼らの即席とは思えないハイレベルな出し物に、何も知らない観客達が拍手を惜しむはずもないのだった。




