ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(7)
【キュゥゥン(どうして、こんなコトに)……】
ラウールがキャロル送迎に行っている間のお留守番ついでに、子守を仰せつかったジェームズ。しかし、対するイノセントは竜神姿の時に発揮していた威厳は、とうに放棄してきたらしい。外見も幼ければ、口調以外は中身も子供。それは純粋に、彼女が現代の人間社会というものを知らなすぎるが故の、好奇心によるものだが……彼女の弾けっぷりは、恐れ多い原初の彗星の重厚感は片鱗さえ見当たらない。
「ふふふ……なぁ、ジェームズ。どこに行けば、ゴーフルとやらを買えるのだ?」
【クゥン(こっちだ)】
傍目から見れば、小さな女の子が犬連れで散歩をしている微笑ましい光景だが、実際にリードを握っているのはジェームズの方だ。それでも、いつかの青空城での約束も忘れまいと……誠心誠意、ジェームズも仕方なしにお付き合いするものの。ご案内するついでに、気かがりに首を傾げずにはいられない。と、言うのも……。
【グルル(イノセントのフウセン……どうして、シボまない)……?】
朝からウキウキが止まらないイノセントの手には、昨晩のお出かけで手に入れた、真っ赤な宝物が握られている。彼女がぎこちないスキップをするたびに、風船もちょっぴり遠慮がちにはずんでいるが……本来、ヘリウムガスで膨らんだ風船が一晩持つのは、あり得ない。標準的な大きさの風船であれば、4時間を待たずしてペシャンコだろう。
【……(もしかして、こいつのナカミはヘリウムガスでもないのか)?】
「どうした、ジェームズ。ゴーフル屋に着いたのか?」
【キュン? ファフッ(いや? マダだが)】
とりあえず、風船の謎を掘り下げるのは後回しにした方がいいか。艶やかでありながら、どこか不気味な深紅を見上げながら、ジェームズはちょっぴりタンカラーを吊り上げる。いずれにしても、今はゴーフルが先。朝食代をイノセントが握っている以上、大人しくご相伴を与かる方が賢い選択というものだ。
***
「それで? 例のサージュ・サーカスですけど。何を探してくればいいのですか?」
「そうじゃな。今回もちょっとした大捕物になりそうな気がするが……例の怪盗紳士だったら、余裕かのぅ?」
軽い口調の割には、ムッシュには相当の懸念事項があるらしい。キャロルを送るついでに、学園長室に足を運んだものの……報酬の話の前に懸念事項が飛び出す時点で、相手はかなり厄介な存在のようだ。
「……実はの、あのサージュ・サーカスがロンバルディアにやってくるのは、今回が初めてではない。あれが前回やってきたのは余がもうちょっと若い頃……確か、27年前じゃったかな。と、言っても……あの時の興行先は中央街ではなかったがの」
「27年前……ですか?」
当時、白髭様は御歳51歳。マティウスの即位を渋りに渋ってはいたが……初孫のアレン(当時7歳)が可愛くて仕方がなかったムッシュは、小さな手を引いてお忍びでサーカスに出かけたらしい。そして、お出かけ先がサージュ・サーカスだったそうな。しかし……。
「……確かに、サーカス自体はとっても面白かったのぅ。パフォーマー達のキレッキレのダンスに、曲芸に……。動物達の芸もそれはそれは、レベルが高くて。中でも、最後に出てきた虎の芸は圧倒的じゃった! それでなくても、余は初めて檻に入っていない虎を見てのぅ。あの美しい姿に、一瞬で虜になったのじゃ〜」
それは一緒に火の輪くぐりを見ていたアレンも同様だったそうで……。そんな可愛い孫に強請られれば、孫には甘いお祖父ちゃんは本領を発揮せずにはいられない。そうしてムッシュは普段の非常識加減も遺憾無く発揮して、トレーナーごと虎を譲って欲しいと……サーカスのバックヤードに押しかけたのだそうだ。
「……あの、すみません。爺様……それ、かなりの迷惑行為だと思いますよ? いくら気に入ったからとは言え、いきなりショーの主役を譲れだなんて……」
「うむ? そうかの? まぁ、それはさておき。実際には……交渉する間もなく、引き返しちゃったんじゃけどな」
「おや……。天下のロンバルディア国王様が引き返すなんて。何があったのですか?」
「あぁ、改めて思い出しても、恐ろしいのぅ。一番おっきなテントの隙間から見えたのは、得体の知れぬ怪物じゃった。その怪物が糸を吐きながら……多分、サーカスの観客じゃろうな。沢山の子供達を締め上げては、ぶら下げていて……余は怖くなっての。外で待っていたアレンには虎を譲ってもらえなかったと、謝りながらも……内心はそれどころではないと、彼を遠ざけようと逃げるのが精一杯じゃった」
これでアダムズの話も繋がるか……と、ムッシュの話と昨晩の話とを頭の中で擦り合わせるラウール。そうして……ムッシュがちょっとした調査結果を披露し始めるが。サージュ・サーカスの周辺では毎回、不審な子供達の失踪が多数報告されていたらしい。だとすると、今回のお題は……。
「……子供達が失踪するようであれば、行方の調査と……大元の討伐、でしょうかね?」
「そうなるの。今だから、何となく当たりを付けられるが……多分、あれは来訪者絡みの化け物じゃろう。テントの中が薄暗くて、姿はハッキリとは見えなかったが。あの怪物にキラキラと輝く部分があったのはよーく、覚えておる。……あの輝きは間違いなく、命を燃やす核石の煌めきじゃろうて」
命を燃やす、核石の煌めき。その煌めきが自前の輝きであれば、誰も文句は言わないだろうが……もし、誰かから奪った物であるのなら。ここはきちんと物申して、表舞台からご降板をお願いしなければならない。




