ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(6)
少しばかりの決意と一緒に、帰宅もしてみたものの。どう謝ればいいのかが、ラウールにはやっぱり分からない。 妙に後ろめたい気分になりながら、出入り口代わりの窓を覗いてみれば……そこにはポツリと置き去りにされたままの状態で、赤毛に彩られた白い背中が小刻みに震えているのが、目に入る。背中の震えは、寒さのせいではないらしい。その様子に……またしても、彼女をつまらない事で泣かせてしまっているのだと、ちっぽけな決意もアッサリと上書きされて、後悔に苛まれるラウール。
「……あの、キャロル。……ただいま、戻りました……」
「ラウールさん……。お帰り……なさい……」
おずおずと「ただいま」のご挨拶をしてみれば。こちらに振り向きつつ、返事を寄越す彼女の瞳が悲しげなブルーに変化していることに、ラウールはいよいよ胸が締め付けられる。
普段の穏やかな時の瞳は柔らかな茶色を示し、強気なクリムゾンの時、彼女の瞳は真っ赤に輝く。だけど、瞳が儚いブルーになっている時はサラスヴァティ……呪いのサファイアが出しゃばっている時だ。鮮やか過ぎる彼女の変化に、核石に束縛されているのは自分だけではないのだと、ラウールは遅まきながらもしかと悟っていた。
そう……核石の侵食に抗っているのは彼女とて、同じこと。そして、その相手として最も不味いサラスヴァティが顕在化しているという事は……ラウールのワガママが彼女の寿命を縮めていることを意味してもいた。
「キャロル。本当に、ごめんなさい……。こんな事ばかりでは……嫌われて当然、ですよね……」
「……ラウールさんは……どうして、私に嫌われていると……思うのですか?」
「えぇと……。だって……」
好きだと言ってくれたことは1度もないし、2人きりの時は悲しそうな顔をしているし。それに……今夜もまた、自分の身勝手で泣かせてしまった。……これのどこに、嫌われない要素があるのだろう。
「結局のところ、俺は自信がないのかも知れません。君の気持ちが分からなくて、どう思われているのかが不安で。君に嫌われていないと、胸を張ることもできなくて。……そのクセ、思い通りにならないと……今夜みたいに逃げ出しては君を悲しませて。俺は一緒にいたところで、君を幸せにするどころか……苦しませてばかり。だから……嫌われて、当然だと……」
「……そうですね。本当に、ラウールさんは変なところは臆病なのですから。でも……別に、私は……ラウールさんの事、決して嫌いではないのですよ? 嫌いだったら、こんな風に涙を流すこともしないでしょう。こんな風に、悩んだりもしないでしょう。……だって、そうでしょう? どうでもいい相手だったら、こんなに疲れることなんてしません。嫌いな相手だったら、心配で起きていたりしないでしょう?」
曇りのない綺麗なブルーから、ポロポロと涙を溢しながらも尚……ようやく、彼女が力なく笑ってみせる。その笑顔に救われた気持ち半分、やっぱり申し訳ない気持ち半分。それでも、自分の方もいつかの約束はきちんと守ろうと……キャロルに歩み寄っては、凍える身を温めるように抱きしめる。
「本当に、ごめんなさい。ワガママで、自分勝手で……それで、頼りなくて。それでも……まだ、一緒にいてくれると言うのなら……今度からはもっと、君の話も聞かせて欲しいのです。もっと、もっと……君の気持ちを聞かせてもらえれば……もう少し、俺も上手くできそうな気がします」
「……はい。そう、ですね。今度から……私の方もきちんと、お話することにします……」
きっと、互いに言葉が足りなかっただけ。きっと、互いに歩み寄る方向が違っていただけ。だから、今度こそ……きちんと話をして、きちんと軌道修正をして。そうすれば……もっと、きちんと家族になれるはず。
幸せの形は歪かも知れないし、ちょっぴりヘンテコな見た目かも知れない。それでも。そこにあるのは、紛れもない唯一無二の本物。ようやく寄り添う互いの体温で、幸せさえもきちんと温められるのであれば……今はただ、それでいい。




