ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(4)
(これはこれで、悪くないかも……)
ムッシュと一緒にイノセントもヴランヴェルトに帰るものと思っていたが、彼女はサーカスへの興味が冷めやらぬ様子。そうしてアンティークショップに居候を決め込んでは、ちゃっかりと部屋を使い始めた。しかし、彼女の宿泊を渋りに渋ったラウールの予想を裏切り、彼女が添い寝に指名したのは……キャロルではなく、ジェームズ。その結果、部屋を追い出される格好になったキャロルが隣に寝ているという、思いもよらぬ稀有な状況を作り出している。
「……明日はモーリスさん達の部屋を片付けないと、いけなさそうですね……」
「えっ?」
しかし、キャロルは毎晩この状況に身を置くつもりもないらしい。今や衣装部屋と化しているモーリスの部屋を片付けて、イノセントの部屋を用意するつもりのようだ。そんな彼女の機転を思い直すよう、慌てて御託を並べ始めるラウール。そんなことをされたら、折角の素敵なご褒美がなくなってしまうではないか。
「兄さん達の部屋は、あのままでいいと思いますよ。それでなくても、家財道具も常々、多めなのですし……ほ、ほら! 変に整理したら、必要な時に必要な物が見つけられなくなるかも知れないでしょ?」
「……私は1人で眠りたい時があるのです……。それでなくても……」
そこまで言いかけて、キャロルがキュッと口を噤む。その先の言葉を言ってしまったら、おそらくラウールを酷く落胆させることも想像しては、自分が我慢すればいいと諦めるものの。彼の勘違いを是正するのにはどうすれば良いのかと、同時に悩んでしまう。
ラウールは誰かの気持ちを感じとる能力が非常に乏しい。その原因に関しては、モーリスやソーニャからもカケラとしての彼の作りによるものが大きいのだと、説明されてはいたものの。とは言え、全てを作りのせいにして、直すべきところを直さなくていいわけでもない。
殊、彼はいわゆる恋愛感情をうまく測ることができないのか……ラウールはひとたびキャロルと一緒に眠れるとなると、行為そのものの有無で彼女の感情を推し量ろうとするのだから、厄介だ。行為の有無と好意の有無は別物であるのにも関わらず、それを一緒くたにして勘違いをしては……キャロルが拒否をすると、途端に縋るような悲しい顔をして見せる。
カケラにとって心配事や懸念事項は、核石の侵食に直結する。そして、胸に抱く核石が大きければ大きいほど……彼らは精神的にも不安定になり、侵食スピードも格段に早まる傾向がある。だからこそ極力、彼の要望には応えてやりたいと思いつつも……正直なところ、キャロルはその行為自体があまり好きではないし、疲れている時はゆっくりと休みたいのが本音でもあった。
「やっぱり、君は俺のことが……嫌いなのですね」
「えっ?」
「……約束があるから、こうして一緒にいるだけ……。君はきっと、そう思っているのでしょう。そう、ですよね。でなければ……俺と2人きりの時にだけ、わざとらしく悲しそうな顔はしませんよね」
しかし、ここでもラウールは勝手な勘違いをしては、悲しそうに首を振っている。そうしてむくりと起き上がると、いそいそと椅子に投げ出したままの服を引っ掛けては……最終的にピーコートまで着込み始めた。
「ラウールさん! 今から、どこに行くのですか?」
「だって、君は1人で眠りたいのでしょう? ……邪魔者は外で頭を冷やしてきます」
キャロルが言葉を飲み込んだのは、ラウールを傷つけないためであって、彼を拒絶するつもりでは決してない。しかし、キャロルの無言を気遣いではなく、嫌悪なのだと取り違えては……どこか怒っている様子で、ラウールは曇って月明かりもない窓の外に飛び出していく。あっという間の彼のお出かけに、何て言ってやれば良かったのだろうと、引き止める言葉さえも紡げないまま。取り残されたベッドの上でキャロルはどうすればいいのか分からず、しばらく呆然とすることしかできなかった。




