ヘマタイトを抱くミラージュハーレキン(2)
ブティックにカフェに、雑貨屋に。このサントル・コメルシィアルは、寂れた商店街を大改造した郊外型ショッピングモールではあるが。立ち並ぶ店の雰囲気に、妙に気合が入り過ぎている気がすると、ラウールの不興は相変わらず、ノンストップの状態である。
それもそのはず、明らかに女性をターゲットにしたオシャレな目貫通りに足を踏み入れると、大抵の女性達は店という店を回らずにはいられなくなる。ここは男性にとっては無駄足と徒労とを強いられる修行の場でしかないが、女性にとってはウィンドーショッピングという余興も含む、一大テーマパークなのである。
(女性の買い物というのは長ったらしくて、本当に嫌になってしまいますね。大体、探し物がない店にまで入らなくてもいいでしょうに)
目の前で手を繋ぎながら、楽しそうなキャロルとイノセントがこっちの店にも入ろうか……と画策しているのが聞こえたところで、ギブアップを申し出るラウール。そろそろ彼はガス欠であるし、何より、普通の店には入れないジェームズも退屈な表情を隠さなくなってきた。ここは男性陣はオープンカフェで待機を仰せつかった方が、お互いに都合がいい。
「……という事で、俺達はそちらのカフェで待っています。お買い物が済んだら、戻って来てください」
「分かりました。でしたら……イノセントさん。私達だけで、もうちょっと散策しましょうか」
「私は構わないが……なんだ、ラウールは買い物、しないのか?」
「必要なものもありませんからね。それに、ムッシュは腹ペコみたいですし。そろそろ、休憩が必要ではないかと」
「およ? ラウちゃん、よく分かったのぅ。……余、そんなに腹ペコに見える?」
「……さっき、ショコラティエのショーケースに張り付いていたのは、どこのどなたです。ほらほら、俺達はゆっくり休ませてもらいましょう」
【ワンッ(サンセイ)!】
それでなくても、今はサントル・コメルシィアルだけではなく、街角という街角に甘い匂いが充満し始めるシーズンでもある。これでは普通の人間であれば、腹が空かない方が不自然というもの。
そんな空気に、去年のヴァレンタインは大失態をしでかしたことを思い出しては……今年こそは、モーリスと同じく赤バラとベルハウスのチョコレートを用意するのだと、ラウールはこっそりと意気込んでいた。しかし……。
【キュゥゥゥン……】
「……犬はチョコレートは食べられませんからね。いつも通り、ゴーフルで我慢してください」
【ハゥ(チョコレート、いいニオイ。ジェームズはタべられない、クヤしい)……】
ちょっぴりしょげ始めた愛犬を慰めつつ、カフェに足を踏み入れれば。妙に気取った店内の方ではなく、通りに並べられた席に案内される。どうやら、ここは随分とお犬様へのサービスにも抜かりがないらしい。席に着くなり、人間よりも先にジェームズに水が入ったボウルが提供されるのだから、最近のペットブームが加速していることをラウールは思い知る。
「ほぅ、ほぅ。こうして見ると……色んな犬がおるの」
「そうですね。ここもそうですけど、最近は犬と一緒に入れる場所が増えて、助かっていますよ。ジェームズは頼りになりますから」
【ハゥンッ!】
「そうなの? あぁ……なんじゃろ。ジェームズが羨ましい……。余もラウちゃんに褒めてもらいたいのぅ……」
「……そんなつまらないことを言っていないで、ほら、メニューをどうぞ。ケーキにしますか? それとも……あぁ、軽食もあるみたいですね」
恨めしげなことを言い出すムッシュの意識を逸らそうと、メニューを手渡しては注文を促す。そうしてメニューに書かれている食欲を刺激するお品物の数々に……嫉妬心も忘れましたとばかりに、今度は真剣にメニューと睨めっこを始めるムッシュだったが……。彼のあまりの悩みっぷりを見るに、注文が決まるのにはしばらくかかりそうだ。
そんな待ち時間を持て余しながら、ラウールはぼんやりと楽しげに通りを行く人々を眺める。ラウールには彼らは何がそんなに楽しいのかは、ちっとも分からない。まじまじと通りの様子を眺めては、やっぱり人が多いのは神経が落ち着かないと、鼻を鳴らしつつ。今は何よりも、鎮静剤代わりのカフェイン補充が待ち遠しい。




