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疾走せよ、ゼブラジャスパー(15)

「なんだ、ラウール君達はもう帰るのか? 祝宴はこれからだぞ? 飲め飲め!」

「おぉ、そうだそうだ! いや〜、ラウールの兄ちゃんはやっぱり()()だよなぁ。1人でしっかりと調査もしてくるんだから、大したもんだ!」

「……そいつはどうも……」


 酒は1滴も飲めないんですけど。

 既に()()()()()()()()バルドールとブルースとに、そんな事を言われつつ……心の中で文句を垂れながら、いそいそと帰り支度をするラウール。大賑わいの農場には周辺の農場仲間や、競馬場に居合わせた馬主達がめでたいと集まったついでに……何故か、ロゼッタにサインをねだっていた。彼らはレユールの優勝を書き連ねた競馬新聞を色紙代わりにしては、()()()()()のご利益にあやかろうとしているらしい。見れば、ロゼッタの前には別の意味で、大盛況の行列ができている。


「すみません、女将さん。私達はそろそろ、お暇します」

「あぁ、キャロルちゃんも色々とありがとうね。聞けば……明日は大事な講義があるんだって? だったら、君達は帰らないといけないよね。また、いつでも遊びにいらっしゃい。歓迎するわ。ね、ノール?」

「あぁ、もちろんだとも。それこそ、キャンプの時期に来るといい。夏は川遊びもできて、楽しいぞ」

「はい! でしたら、是非にお邪魔したいと思います!」

「……俺は川遊び、嫌いですけど……」

【グルル(ここは、スナオにヘンジするトコロだとオモう)……】


 相変わらずの拗ねた反応に、周囲の誰もを苦笑いさせながら……無愛想な様子でバイクのエンジンを蒸すラウール。そうして唸り出した心地よい振動に、気分も上向くと思いきや。寒さに不機嫌さを募らせては、ピーコートの襟を立てる。そろそろ、タダのウールコートでは寒いと考えながらも……今はサッサと帰るに限ると割り切り、後ろ髪を引かれる事もなく、農場を後にするものの。見慣れた畦道の途中で、キャロルが寄り道の提案をし始めた。


「そうそう、ラウールさん」

「……何ですか?」

「もぅ……まだ、ご機嫌斜めなのですか? 折角、ツバメコーヒーの限定ブレンドを買って帰りましょうと、お誘いしようと思ったのに」

「へっ……? 限定ブレンド……買ってくれるのですか?」


 もちろんです……と、サイドカーの上でちょっぴり胸を張って、キャロルが返事をするところによると。レユールのオッズは何と、50倍。そんなレユールに、キャロルはしっかりと銀貨3枚を賭けていたとのことで……配当金は銀貨150枚、金貨にして3枚にもなる。これだけの金額があれば……ちょっとした高級酒場を貸し切りにして、朝まで飲み明かせるに違いない。


「たまには、こういう儲け方も悪くないですよね。で……ちょっと贅沢して、コーヒーを買い込むついでにジャケットも買いに行きましょう? 軍資金的には、余裕です!」

「……!」

【キャロル、ジェームズはヒントをやったぞ? だから……】

「分かっていますよ。美味しいチーズと生ハムも買って帰りましょうね」


 サイドカーの上でよしよしと愛犬の顎の下を撫でながら、ジェームズのご機嫌も上向かせるのだから、キャロルには敵わないと思いつつ。ロゼッタの子守を頑張って良かったと、こちらはこちらで気分を上向かせるラウール。

 ジャケットとコーヒーを買ってもらえるのはもちろん、嬉しい。だけど、それ以上に……キャロルとジェームズがしっかりと自分へのプレゼントの予定を立てていた事が、とにかく幸せなのだ。それは、今までのラウールがあまり触れたことのない種類の幸せでもあった。

 だから、きっと……普通の人間だったら嬉し泣きをしているに違いないと、少し顔を赤らめてしまう。そんな風に涙を流す自分自身を想像しながら……情けなく泣かずに済んで良かったと、ひっそりと考えるラウールだった。


***

「さて……と。お前達、我らもそろそろ帰るとするか!」

「はいっ!」

「准将、今回の走り……本当にお見事でした!」

「俺達はずっと、貴方について行く所存であります!」

「うむ、うむ! 無論……明日からはいつも通り、ビシバシと鍛えてやるぞ。総員、覚悟するように!」


 ロゼッタの檄飛ばしに対しても、騎士団員達が一致団結と嬉しそうに返事をしたところで……約1週間の()()を無事に終えたロゼッタの一団も、意気揚々と農場から引き上げていく。それでも帰り際……フレドリカの馬上からノールと奥さんに向き直ると、ちょっとしたお願いをするロゼッタ。


「……ノールに女将。たまには……我も遊びに来て良いかの?」

「えぇ、もちろんです」

「レユールもきっと喜びますわ。事前にご連絡いただければ、しっかりとお肉も用意しておきます。あのご様子ですと……オルセコ牛のフィレ、お気に召したのでしょう?」

「そう! そうなのだ! あの美しい緋色に、ギュッと凝縮された旨味! どれをとっても、最高だった……! うむ、今度から乳牛を狙うなんて、野暮はやめることにする」


 それは是非に頼みますよ……と、ノール夫婦に念押しされながら、いよいよ農場から(ロゼッタ)も去っていく。

 賑やかで、煩いけれども……どこまでも気高くピンと伸びた背筋を見送れば。ノール達の視界の先に広がるミットフィード森林も、春待ちの柔らかな色を纏い始めているように見えた。

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