クレセント・レディ(3)
結局、過保護な同行人を振り解けないまま。メーニック署の対策本部まで一同諸々、ご案内いただいてしまうモーリス。しかも、中途半端に王族に連なるという誤解が広まってしまっているせいか……警部補という立場にありながら、自分の扱いが腫れ物に触れるような丁重さであるのも、ひたすら居た堪れない。
「……と、このようにホシが現れるのは、決まって深夜の歓楽街でして。被害者が全員とある条件を満たした成人男性だという事を考えても、無差別殺人というよりは、明らかに何かの思惑があってターゲットを選定しているものと思われます」
それでも仕事に集中せねばと、一生懸命事件の概要に耳を傾ける。その話を聞く限り……クレセント・レディはどうやら、純粋な愉快犯ではないらしい。というのも……。
(被害者は歓楽街の利用者か……。とすると、そちらの関係で男達に恨みがあるという事なんだろうか?)
「犯行の最大の特徴は、被害者の心臓が何か鋭利な刃物で抉り出されている点でして……。被害者の死体に他の外傷がない事を見ても、彼らは生きたまま心臓をくり抜かれている可能性が高いということも鑑識の結果、ある程度判明しています。その事から、得物は普通のナイフでもなさそうですが……」
「……まぁまぁ、なるほど。でしたら、犯人はその名の通り、クレセント……つまり三日月型の鎌を用いて、心臓をゴッソリくり抜いているのでしょう。だとすると……犯人も既に色々と普通の人間じゃないかも知れませんわねぇ……」
殊の外、ヴィクトワールが静かだったことに安心していたモーリスにとって、突然のお喋りに嫌な予感がする。
というのも……ヴィクトワールは筋金入りの武具マニアでもあるのだ。彼女の語りが始まった暁には、怒涛のごとく一方的なマシンガントークが展開されるに違いないと、モーリスは誰もその理由を追求しない事を祈るのみだったが。……悲しいかな、そんなに簡単に場が収まることもなく。モーリスがそんな事を懸念している矢先に、ホルムズが隣から禁断の質問をヴィクトワールに投げていた。
「それはまた……どうしてですか?」
「よろしい事? ホルムズ警部。三日月鎌は元々は農具に分類される、日常生活用品ですわ。ですので、本来の用途で三日月鎌を使うとすれば、農業にガーデニング……あるいは雑草の処理程度だと思いますが、得てして、三日月鎌は植物を刈り取るための刃物です。そんな少々クセのある刃物を鍛錬を積んでいない者が易々と使いこなして、人を傷つけるだけならいざ知らず、心臓をピンポイントに狙うなど到底、無理な事ですわ。それに、そんな悪魔の所業を起こしている時点で、犯人は普段からそういう光景に慣れている者か……あるいは、既に普通の神経の持ち主でもないのかも。それにしても……いくら恨みがあるとは言え、本当に嘆かわしい。本来の用途で使われないばかりか、あろうことかそんな犯罪の手段に使われてしまうなんて、かの武器の涙が目に浮かぶようですわ……。あら、失礼。とにかく……何れにしても、心臓を狙うのにも何か意味があるのでしょうし、犯人はきっと歓楽街に関わりのある者である事は明白。ですので、手当たり次第歓楽街の住人達に聞いてみるのも……悪くないとも思いますよ」
「な、なるほど……し、しかし……メーニックの歓楽街はとても大きいのです。既に被害も出ている以上、そんな悠長な事を言っている場合でもなくてですね……」
「まぁ、何を情けない事をおっしゃっているのです! あなた達の足は、何のためについているのですか⁉︎ 利用者の男を殺している時点で、犯人にそっち方面の恨みがあることは確実。きっと……犯人は歓楽街の日常生活に溶け込んでいる者だと思いますよ? そこまで分かっているのでしたら、何をボサッとしているのです! サッサと全員で聞き込みをしてきなさいな! ほら、モーリス様も行きますよ!」
「え、えぇ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってください、ヴィクトワール様! それだけの情報で手当たり次第では、効率が悪いではないですか。ここはもう少し、策を……」
「そんな暇があったら、体を動かす! それこそが、軍人の基本のキでしょう!」
「いや……僕達は軍人ではなく、警察官なんですけど……」
「口答えは結構! ほら、あなた達もいい事⁉︎」
「もちろんですわ!」
「望むところですッ!」
「という事で……モーリス様! ささ、行きましょ!」
「は……はい……」
そうしていよいよ、メイド達含む4対1で強制的に聞き込み調査に連行されるモーリス。会議室にいる全員から憐みの視線を向けられながら……強引なヴィクトワールに振り回されるのは楽ではないと、心の中で涙を流すのであった。




