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疾走せよ、ゼブラジャスパー(12)

 本日は晴天なり。ファンファーレが青空まで届けと言わんばかりに、高らかに響けば。パドックでの顔合わせも済ませた馬達がひしめくゲートには、どこをどう見ても()()()()()シマウマが確かに紛れ込んでいるのが、目に入る。そんなシマウマ……レユールに跨がるは、これまた浮いた様子のフロックコートを着込んだロゼッタ。他のジョッキー達は一律、勝負服を着込んでいるというのに……そこは普段からルールを無視しがちなロゼッタのこと。着用を義務付けられている勝負服さえもアッサリと却下しては、場違いな格調高い佇まいを見せていた。


「……いよいよですね」

「そうだな。ところで……キャロルちゃん。ラウール君はどうした?」

「……ロゼッタ様の付き添いに行っています……。彼女が無茶しないように、ゲートボーイとして紛れ込んだみたいです」


 ゲートボーイとは発走補助員の事で、ゲートでのトラブルを防ぐために付き添う係員である。彼らは発馬の際の事故を防ぎ、安全な発走を見守る役割を担っているが……本来であれば、当日の土壇場に紛れ込めるものでもない。しかし、そこはジョッキーも常識外れなら、付き添い人も特殊なもので。運営ルールはやっぱり瑣末なことと、しれっとラウールがレユールの()()()をこなしているのだから、驚くやら、呆れるやら。


「あぁ……なるほどな。レユールは走り出しにちょいと、癖があったからな。普通、尾持ちはおいそれとできることじゃないみたいだが……。まぁ、あのラウール君だからなぁ」

「……そうですね……」


 あのラウール君。バルドールの含みがたっぷり盛られた呟きに、否定することもなく小さく了承を示すキャロル。そんな事をしているうちに、何やら、バルドールが呼んでいたらしい知り合いが姿を現す。キャロルとしても顔見知りの彼の足元には……いつかのようにピタリと従順な様子で、お利口なヒースフォート・シェパードが寄り添っていた。


「ブルースさん!」

「おっ、久しぶりだな。キャロルの嬢ちゃんに、ジェームズ。今回は大穴狙いで俺もいっちょ、混ぜてもらうことにしたんだ。隣、いいかい?」

「もちろんです! あっ、ということは……ブルースさんもレユールに賭けたんですか……?」


 おぅよ、と豪快な笑いと一緒にキャロルの横にどかりと腰を下ろすのは……ブルース・ゴルドヴィン。メーニックでキャバレーや酒場を経営する元・警察官の大男で、相棒のデルガドはかつてのブルースと組んでいた元・警察犬である。土地柄か、それとも本人の気性か。いずれにしても根っからの勝負好きなブルースも、かの闘犬場で()()()()()()()の大金を手にした余韻が忘れられなかったらしく……バルドールから()()()を持ちかけられて、ヒョイと乗ったクチらしい。


「本当にシマウマが並んでいるな。こいつは、新年早々、面白いものが見られそうだ」

「だろう? 勝負を抜きにしても、こいつを拝まない手はないな。しかも……シマウマに乗っているのが騎士団の()()()ともなれば、後にも先にも、こんな光景を目にするチャンスはないぞ」


 柔らかな芝のグリーンに映える、明確な存在感(インパクト)を示す白黒の縞模様(レユール)。その走りはともかくとして、そんな()()()であれば注目度はタダでさえ高いのに。どこから噂が広まったのかは知らないが、そのジョッキーがかのロンバルディア騎士団の最年少准将ともなれば……オッズの破格具合以前に、注目を集めない方が不自然であった。


***

「……いいですか、ロゼッタ准将。いくら多少の訓練をしたとは言え……レユールはこれが初めてのレースです。あまり無理はさせないようにして下さい。特に、鞭は()()()ですからね」

「分かっておる、ラウール准尉。我は戦友に鞭を振るうつもりはないぞ。フフフフ……鞭はやはり、捕虜相手に振るうに限るな」

「……一応、場違いながらに申し上げておきますと。マルヴェリア条約の遵守は常々、お忘れなく。捕虜への過度な()()は禁則事項ですから」

「う、うむぅ……!」


 こんなところで、どうして()()()()までしなければならないのか、意味不明だが。ロゼッタはともかく、レユール程の()()があれば、レース自体は大丈夫だろうか。結局、最初から最後までロゼッタの手綱を握らなければならないのだから、世話が焼けると思いつつも……ここまで一緒に来て、レユール自身の()()()()()を見届けないのは、あまりに惜しい。

 そんな惜別の時間を許してくれていた、ファンファーレが鳴り終わると……発馬のタイミングを見計らっていたスターターが青空に向かって、いよいよ旗を振り上げる。その瞬間、快い開放音と同時に勢いよく飛び出す選手達。あっという間に遠のく、彼らの勇猛な後ろ姿を眺めながら……レースが無事終わることを、流石のラウールも祈らずにはいられなかった。

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