表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
446/823

疾走せよ、ゼブラジャスパー(10)

 The feast is in full swing……宴もたけなわ、とはこういう事を言うのだろう。自分が酒を飲めないものだから、ある意味で清々しい(寒い)空気も相まって、周囲の熱気に馴染めないラウール。バルドールとノール、そして彼の奥さんは終始()()()でご機嫌だし、ジェームズも彼らの足元でディアブロとおこぼれの肉塊を頂けて、ご満悦な様子。頼みのキャロルもロゼッタの()()に忙しくて、大きな子猫ちゃん(ラウール)を構う暇もなさそうだ。


(……なんだか、つまらないですね……)


 そんな空気の中で、どこか置き去りにされた気分になっては、ひっそりとその場を離れるラウール。以前の彼であれば、癇癪を起こさないにしても不機嫌を撒き散らしては、楽しい空気感を壊すのもお手の物だったが……先ほど冷酷だと言われて()()したばかりなので、1人で気分転換をした方がいいだろうと考える。


(えぇと……レユールがいるのは、この厩舎でしたっけ……?)


 自分が離れても、誰1人()()()()()()()()状況に寂しさを募らせながらも、喧騒から距離を置いた静けさが心地いい。頼まれもしないおセンチ(忖度)を発揮しつつ、レユールに明日の意気込みをお聞かせ願おうと、何気なく厩舎に足を踏み入れるラウール。しかし、夜もそろそろ間近だと言うのに、ややノスタルジックな空気が漂う厩舎では、明らかに場違いな印象の女が()()()レユールに給餌をしているのが、目に入る。


(この農場のスタッフの方……ではなさそうですね。確か、ここは……)


 ノールと奥さんの2人で切り盛りしていると、顔合わせ初日に紹介があったはずだ。この農場は敷地自体はかなり広いが、飼育されているのは乳牛と農業馬のみで、頭数はそんなに多くないらしい。特に冬の閑散期は人手も必要ないとかで……他の従業員はいないと聞いていた。だとすると……今、レユールに餌を差し出している()()()()()()()()()なのだろう。


「ほら……! さっさとこいつを食べてしまいなさいよ! 美味しい特製ペレットなのよ、これ」

【バフォッ……! ヴルルル……】

「あぁ! 本当に憎たらしい! どうして食べないのよ⁉︎」


 様子を見ている限り、レユールは差し出された餌を拒絶しているようだ。鼻息を荒げながらも、顔を背けては……全身で拒否の姿勢を示している。きっと……()()()()()()()手前、時間の猶予もないのだろう。レユールのあまりに頑固な様子に、最後は諦めたらしい女が舌打ちをしながら去っていく。


(どうしましょうか……声を掛けてみますか? それとも……?)


 まずは、レユールに()()()()方が先か。そうして怪しげな彼女が去っていくのを見届けて、レユールを怯えさせないようにゆっくりと近づくラウール。一方で、レユールもラウールの事は()()()()だと判断したらしい。ブルルとシマウマらしい息を吐くと、鼻を擦り寄せてくる。


「ドゥドゥ……怖い思いをさせてしまったようですね。大丈夫ですよ、レユール。それにしても……あぁ、なるほど。彼女、もしかして商売敵か何かですかね」


 彼女が諦めついでにこぼしていったペレットをつまみ上げて、クンクンと匂いを嗅いでみれば。いかにも馬の飼料らしい草っぽい匂いに混じって、どこか科学的な薬品の匂いが微かに鼻を刺激してくる。


「……彼女、もしかしてウェンディさんとやらでしょうか? このペレットの匂いからするに、彼女は君に()()()()ことでドーピング疑惑を捏造しようとしたのでしょう。しかし、まぁ。なんと言いますか……不正を()()()()()()まで、ノールさんが欲しいんですかねぇ……」

【ブルル……】

「あぁ、ダンマリしてなくて結構ですよ。事情はジェームズから聞いています。いずれにしても……レユール、君が賢くて助かりました。もし、このペレットを食べていたら、明日のレースでロゼッタ准将を悲しませることになったでしょう。ふぅむ……それはそれで面白いんですけど。今は意地悪を言っている場合でもないですか」


 ロゼッタが優勝できなくても、自分は痛くも痒くもないと言いつつも。紹介した手前、責任は取らねばなるまいか。そうして、拾った証拠品(ペレット)を丁寧にハンカチに包むラウール。


【……ジェームズ、カいヌシいる、イってた。おマエがそれか?】


 ペレットを拾い上げ、悪巧みでほくそ笑むラウールに、レユールが話しかけてくる。ジェームズの名前を出した途端、お喋りをし出したのを見るに……どうやら、愛犬とは仲良くやっていたらしい。


「そうですよ。さて……と。この怪しげな()()()()は、絶対に口にしないで下さいね。本当は君にもうちょっと話を聞きたかったのですけど……急遽、調()()()ができてしまいました。あろうことか、ロゼッタ准将みたいな無茶苦茶な方に付き合わせてしまって、本当に申し訳ないのですけど……もう少し、()()()()()()に合わせてやってください」

【レユール、ヘイキ。ここにいる、シアワセ。ノール、ヤサしい。レユール、アシタ……ノールのためにガンバる】


 厩舎は灯り1つない暗がりだと言うのに、不思議な虹彩を纏う瞳を輝かせては、力強くラウールに応じるレユール。どうやら、彼も明日のレースで勝たなければ今の生活(幸せ)がなくなる事を理解しているようだ。そんな彼の決意に、忠告と懇願は野暮だったかなと、ラウールはほんの少し反省してしまう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ