疾走せよ、ゼブラジャスパー(6)
無事にロゼッタを送り届けた後、閉店しっぱなしのアンティークショップ。いくら客足もゼロの店でも、我が家はやはりいいものである。それでなくとも、ラウールは農場通い初日から精神的に疲れ果てていた。ここはキャロルにも苦労話を披露しつつ……慰めてもらうに限る。
「お疲れ様でしたね、ラウールさんにジェームズ。それで……明日も行かれるのですか?」
「一応ね。あぁ、そう言えば……明日はメクラディですね。だとすれば……どうだろう? キャロルも一緒に来るかい?」
「そうですね。是非、ご一緒します。農場でのんびりと過ごすのも、楽しそうです」
のんびりに関しては、保証しないけど……なんて、肩を竦めつつ。キャロルと何気ないお喋りを楽しむものの。帰り道のジェームズの話に、妙に引っかかる内容があったため、ラウールとしては更に懸念事項が増えてしまったと、悩まずにはいられない。と、言うのも……。
「で……ジェームズ。そのシマウマ、喋るって本当ですか?」
【ウム。あれもヒトのマエでシャベらないみたいだったが……あいつ、ジェームズとオナじっぽい。なんでも、サーカスでムチをウたれるのがイヤでニげてきたと……ジェームズにはハナしてくれたぞ】
「なるほど……。だとすると、サラブレッドなんぞ目じゃない程のポテンシャルがあるかも知れませんねぇ……」
ジェームズの話では今や「レユール」と呼ばれているシマウマは、非常に特殊な瞳をした存在感以上に変わり種の相手だったらしい。バルドールに連れられて農場に遊びに行っていたのに、お嫁さんともイチャつくのもそこそこに……彼はしっかりとシークハウンドとしての任務を遂行していたとかで、渦中のレユールがそれらしい核石を宿していそうな事を突き止めてきたようだ。
【でな、レユールのヒトミだが……やっぱり、スコしヘンなイロをしていた。ゼンタイテキにはクロかったが、トコロドコロ、マーブルジョウになっていて……カラダのシマモヨウとオナじフンイキだったぞ】
「だとすると、その子の核石は……シマウマさんと同じ、縞模様の宝石でしょうか? えぇと……」
「さてさて。鑑定士見習いさんには、心当たりの宝石はおありかな?」
少しばかり、意地悪にラウールがキャロルに質問を投げてみれば。しっかりとお勉強の成果を見せなければと、助手の方もフ〜ムと悩んで見せる。しかし……相手が中々に特殊な鉱石という事もあり、キャロルの知識の中には思い当たる宝石がない様子。しばらくして、どこか悔しそうにため息をつきながら……分かりませんと素直に答えた。
「すみません、知識不足で……」
「いや、こればっかりは仕方ないと思うよ。一応、かなり歴史の古い鉱物だとは思うけど……あまり持て囃されるタイプの宝石ではないからね。多分、答えはゼブラジャスパー……縞目碧玉じゃないかな。その名の通り、シマウマのようなストライプの石目が特徴なのだけど……そう言えば、この店でも取り扱った事はないかも。今度、見かけたら買い付けておきましょうかね」
「そんな石があるのですね……色はやっぱり、白黒なんですか?」
「うん、基本的には。だけど、中には赤と白の組み合わせのものもあるみたいだね。モダンな雰囲気で、味のある石だとは思うけど。ダイヤモンドみたいにキラキラと自己主張するタイプでもないし……。知名度も流通量もどちらかと言うと、通好みだと思いますね」
そんな事を答えつつ、まさか“彗星のカケラ”と思しき相手に遭遇するなんて、予想外にも程があると嘆息するラウール。彼の特殊性から、ロゼッタが多少無理を通しても、レユールが本気さえ出せば優勝は手堅いだろう。だとすれば、バルドール……延いてはノールのオーダーに関してはまずまず、問題なさそうだ。とは言え……。
「……また、厄介な所に根付きましたね……。もし、その核石がジョナサンと同じ原理で取り込まれたものだった場合、レユールは保護対象として監視しなければなりません。まぁ、身近にジェームズのようなタイプもいますし……今のところ、普通のシマウマ扱いされている以上、レユールの食性はまだそこまで深刻化していないと思いますが」
【……そうだな。あいつ、サーカスはサンザンだとナいていたぞ。ミせモノにされて、イタいオモいをしなければならないんだったら、ノウジョウでゆっくりクらしていたホウがシアワセだろう】
好きなように草を食んで、思う存分走り回って。その気晴らしこそが、核石の侵食を鈍化させているのであれば……レユールの英断はきっと、間違ってもいなかったのだろう。
鬱屈した生活を強いられることは、カケラにとって致命的なクラックの原因になる事も少なくない。だからこそ、彼は空から降ってきた知恵をも最大限に活用して……彼自身そのものの自由を勝ち取る決断をしたのだ。




