疾走せよ、ゼブラジャスパー(5)
バルドールに指定された農場の入り口には、目印代わりのつもりなのか……今か今かと飼い主を待つ忠犬が、お利口にお座りしていた。いじらしい愛犬にラウールが軽く手を振れば、嬉しそうにピョンピョンとその場で跳ね出すのを見る限り、まだお嫁さんよりも飼い主の方が恋しいらしい。折角のショートステイも早々に切り上げ、ラウールの方へ一目散に走り寄ってくる。
「ジェームズ、お待たせしました。いかがでした? お嫁さんとのランデヴーは?」
【ガルルッ(ここでそれをキくなんて、ブスイだゾ)!】
「おっと、失礼」
しかし……質問の向きがよろしくなかったのか、今度はラウールを牽制するようにジェームズ。愛犬に軽めの唸り声を頂いて、すかさず肩を竦めては馬から降りつつ、その場を取り繕うものの。飼い主が引き連れてきた物騒な一団のも認めて、一方のジェームズはピクリとタンカラーを歪ませている。
「おぉ! ラウール准尉はドーベルマンを飼っておったのだな! うむ、うむ。中々に利口そうな、良き面構えぞ。どうだ? ラウール准尉と一緒に、我が軍に入隊する気はないか?」
そんな器用なドーベルマンに、ロゼッタも興味が唆られるのだろう。フレドリカの馬上から嬉しそうにお誘いにかかるのだから、ある意味で職務に忠実と言えば、忠実なのかも知れないが。
「……ですから、先ほども申しました通り、俺のことは呼び捨てでお願いします。こんな状況でとっくに失効している階級で呼ばれた日には、あなた達の関係者だと勘違いされるではないですか。ジェームズ共々、必要以上に絡まないでください」
「おや。この期に及んで、何を申すのだ。我はラウール准尉と無関係などと、冷酷な事は申さんぞ!」
「だから! それが迷惑だと、申しているのですッ!」
【クゥン(ラウール、タイヘンそうだな)……】
農場に入る前からこれでは、先が思いやられるではないか。1人と1匹でそうして、やれやれと首を振っていると……途中から寸劇を眺めていたのだろう。いつの間にか、嬉しそうな表情のバルドールと……もう1人、テンガロンハットを頭に乗せた、こなれた雰囲気の男が農場の入り口に立っていた。
「……すみませんね、こんな所で大騒ぎして。それで……もしかして、バルドールさんのお隣にいるのが……」
「あぁ、初めまして。ノール・ワッシュと申します。あなたが、バルドールの知り合いの宝石鑑定士さん?」
「えぇ、その通りです。俺はラウール・ジェムト……」
気さくなナイスミドルに自己紹介をいただいて、こちらもきちんと名乗らねばと……ラウールは努めて落ち着いて返そうとするが……。
「否ッ! ここにいるのは、ラウール・ロンバルディア准尉ぞ! 宝石鑑定士など、弱っちぃ肩書きは仮の姿ッ! 我がロンバルディア騎士団の中でも、腕利きのスナイパーなのだ!」
ラウールの配慮をぶった斬って、自信満々に答えるロゼッタ。先程から、騎士団員扱いされるのは迷惑だと申しているだろうに……彼女は白髭達同様、余程にラウールを騎士団に戻したいらしい。
「あぁぁぁぁッ! ですから! 余計な事は言わないでくださいッ! いう事を聞いてくださらないのでしたら……さっきミットフィード森林を吹き飛ばそうとしたことを、お父上のマックイーン様に報告しますよ! いいのですかッ⁉︎」
「はうッ⁉︎ い、いや……まだ、事には及んでおらぬだろ? ちょっと、訓練場にしようとしただけで……」
それだけでも、かなり致命的です。嵐を呼ぶ黒薔薇貴族……その評判に恥じぬ暴走具合を顔合わせ初日から発揮しては、周囲を不安のどん底に叩きつけるロゼッタだったが。ラウールは彼女がシマウマに跨がる姿を想像しては、やはり、大枠の手綱は握りに来た方が良さそうだと考える。そうして、しばらくの間はヴランヴェルトとオルセコの往復も止むを得ないかと、強か覚悟するのだった。




