疾走せよ、ゼブラジャスパー(4)
「ふっふっふ……アァーハッハッハ! 流石、ラウール准尉! このような難易度の高い、余興に我を呼ぶとは! 分かっているではないか!」
「……すみません、ロゼッタ准将。ご機嫌麗しいところ、大変恐縮ですが……2つほど、お願いしてもいいですか?」
「うむ? 何だ、戦友。我は今、非常に気分が良いぞ。何でも言うてみぃ!」
バルドールからの依頼に対し、予想通りロゼッタが2つ返事で快諾するものだから……昨日の今日で彼女のご案内も兼ねてやって来たのは、ロンバルディア郊外に広がるミットフィード森林の先、オルセコのなだらかな丘陵地帯。しかし、説明したのは触りだけだというのに、ロゼッタのボルテージは既にフル稼働のご様子。ご自慢の愛馬・フレデリカの上からの場違いな高笑いは、彼女の仰々しい様子も含めて……畦道を行く、有りとあらゆる者の耳目を必要以上に集めていた。
「……まず、1つ目。俺は既に除隊している身ですから、准尉ではありません。ラウールで結構です」
「そう言うでない。未だに、お主の持つクレー射撃のスコア最高記録は塗り替えられておらぬぞ? その腕、民間で燻らせているには、あまりに惜しい。しかも、兄上も優秀なパイロットではないか。モーリス准尉共々、我らはお主らの復帰を今か今かと待っておる」
「折角のお誘いですが、俺も兄さんも軍に戻るつもりはありません。呼び名も含めて、ご容赦ください」
「うむぅ……連れぬことよの。まぁ、士気にも拘るし……戦意のない者に兵役を無理強いしても、仕方ないか。それに関しては、あい分かった。して? もう1つは何ぞ?」
年相応の可愛らしい顔で、口を窄めるロゼッタ。見た目だけなら、ただの美少女で済むのだが……頭の中は一端の軍人と見えて、口調も厳めしい。それでも、負けじとラウールはお願い事項にして、最大の懸念事項をぶつける。
「お願いですから、物騒な装備も含めて、色々と置いてきてくれませんかね。大体……何ですか、この大所帯は! 今回のお題目は民間のレースですよ? それなのに、どうしてこんなにゾロゾロと騎馬隊が付いてくるのです⁉︎ あなた達、そんなに暇なんですか⁉︎」
……そうなのだ。ラウールはロゼッタだけを連れ出すつもりだったのだが、何故か彼女の部下まで付いて来ているのだ。しかも、物騒な装備付き。ドレスコードが合っていないにも、程がある。
「何を寝ぼけた事を。我らは無論……暇も暇ッ! 時間をたっぷりと持て余しておるぞ! こんなに面白い遠征に供を連れぬ方が無粋というものだ! クククク……ファーッハッハッハ‼︎」
「……聞いた俺が馬鹿でした……」
ロゼッタの答えに、借りたアンダルシアンを馭しながら、馬上で盛大に肩を落とすラウール。
騎士団が暇なのは、ある意味では平和のバロメーターにもなり得るので、頑なに否定する必要はないのかも知れないが。しかし、1歩間違えれば「兵務怠慢」にもなりそうな余暇の空き具合を声高に宣言するのは、どこをどう考えてもズレている。しかして、悲しいかな。そんな普通と思われる感覚を持ち得ているのは、ラウールだけらしい。彼女の後に続く総勢10数名の兵士達も嬉しそうなのを見る限り、これ以上の進言も無駄なようだ。
「それに関しては、もういいや……。それでなくとも、ロゼッタ准将はレディでもありますし。荷物が多いのも、止むを得ないのかも知れませんね」
「うむ? 何を勘違いしておる? 彼らに運ばせているのは、我の荷物ではないぞ。この機会に、密林での訓練を併せて実施しようと考えておってな。貴奴らがぶら下げているのは、手榴弾だが?」
「こんな所で、あなた達は何の訓練をしようとしているのですかッ⁉︎ 物騒にも程があります! いい加減にしなさいッ!」
しかも、無理やり納得をしようとしたラウールに襲いかかるのは、さらに斜め上を行くロゼッタの返答である。彼女はレースをぶち壊すだけではなく、森林破壊もついでにやってのけるつもりらしい。
「おぉ! ラウール准尉が怒りよった。まぁ、良いではないか。ミットフィードの森はこれだけ広いのだ。3分の1くらい吹き飛ばしても、問題なかろう?」
「……あなたは余興のついでに、地図を書き換えるおつもりですか……? そんなの、ダメに決まっているでしょう⁉︎」
「うぐ……そう、かの……。ま、まぁ……確かに、我の都合で地図を書き換えたら……また、父上に怒られそうだの。そういう事ならば、原野戦の訓練はシェルドゥラでの空陸合同訓練に持ち越すか……。とは言え、つまらんなぁ。派手にブチかまそうと思っておったのに」
頭の中は常に戦闘中。思考回路は常識など、木っ端微塵に吹き飛ばした後のカラカラの荒野。
無法な荒野戦が彼女の頭の中だけで展開されているのなら、まだいいが。終始この調子で、ノンストップの状態なのだから手が焼ける。そうして彼女の起用自体も危険な賭けだと思い直しながら、嵐を呼ぶ黒薔薇貴族様の異名は伊達ではないと、呆れてしまうラウールだった。




