疾走せよ、ゼブラジャスパー(3)
「……なるほど。確かに、そいつは少ーし、厄介そうだな」
「でしょう? そもそも軍人は基本的に、重量もバッチリな筋肉バカの集団ですから。サラブレッドもですけど、ましてシマウマに乗れそうなジョッキーなんて、他には思いつきもしませんよ」
普段からロゼッタが乗り回しているフリージアンは、筋肉質の逞しい体躯が美しい中級種の馬である。ラウールがブラック・フリージアンと、敢えてお友達の色味について言及したのはあくまで、黒薔薇貴族様の趣向に擬えるためであって……フリージアンは言われずとも、毛色は青毛しか存在しない。
「まぁ、アサルトライフルはともかく、フリージアンは野性味溢れる見た目とは裏腹に、賢く器用な馬種ですからね。そちらの評判に関しては、あまり怖がる必要はないでしょうけど。彼女はどうも、馬にも相当の拘りがあるのか、国王のパレードでも指定されたハクニーではなく、1人だけ愛馬のフリージアンで参加したりと、やや奔放な部分が目立ちます。本人は凶暴な上に、ルールを無視する傾向もありますので……そんなレースに参加させること自体が、危険だと思いますけどね」
「そうか……」
ここまで懸念事項を吹っかけておけば、メーニックで揉まれたかつての狂犬とは言え……ラウールルートのご紹介は選択肢にならないと思っていたのだが。どうも、バルドールは根っからの勝負好きでもあるらしい。しばらく考え込んでいたかと思うと、堪え笑いの助走からいよいよ、大笑いをし始めた。
「クックククク……アッハハハハ! こいつぁ、面白い! 新年早々、大興奮の番狂わせが見られそうだ!」
「……えっと、バルドールさん。分かってます? 相手は狂気のロゼッタ准将ですよ? シマウマ以前に、ジョッキーもイレギュラーでは……」
「だから、いいんだよ。変な奴同士の組み合わせだったら、マイナスとマイナスでプラスになるかもしれんだろ? な、そう言うことだから……」
「マイナス同士でプラスになるのはあくまで、乗法や除法……数学の世界だけです。シマウマとロゼッタ准将では、どう頑張っても加法扱いでしょうよ。それでも、いいのですか?」
「分からんだろう? それこそ……人馬一体のパフォーマンスは、数字だけじゃ測れんだろうさ。是非に、紹介を頼むよ」
「……そこまでおっしゃるのなら、構いませんけど。で? そのニューイヤーレースって、いつなのです?」
「確か……来週末、うん。丁度、1週間後だな」
意外と猶予もないではないですか。
そんな事を言いながらも、諦め前提での提案にアッサリと乗っかられてしまった手前、ここは責任を取らねばならないかと眉間に皺を寄せるラウール。
おそらく、当のロゼッタはお誘い自体にはヒョイと飛び乗ってくれるだろう。しかし……この場合は、何かと暴走しがちな彼女の手綱を握る役がどうしても必要である。
そこまで考えて……お目付役は自分がするしかなさそうだと、最も避けたい職務にも思い至ってしまうのだから、つくづく頭が痛い。そうして、言い出しっぺの義務くらいは果たしましょうと……波乱の幕開けに早々、ラウールは覚悟を決めるのだった。




