疾走せよ、ゼブラジャスパー(2)
バルドールの知り合いが奇妙な巡り合いで、シマウマの面倒を見ることになってしまった事は大凡、把握できたが……。かと言って、それがラウールへの相談事項に化けるのかが、今ひとつ理解できない。きっと、ラウールが考え込んでいるのを見透かしたのだろう。バルドールが続けるところによると……どうやら、その知り合い自身が意図しないところで、ちょっとした勝負が勃発しているのだという。
「俺の知り合い……ノール・ワッシュって言うんだが。さっき、サラブレッドの訓練士と言いはしたが、とある事情で引退しててな。今は農場を経営する傍ら、競走馬のケアなんかもやっていて。なんだけど、どうも……競走馬絡みで、奥さんと馬主の方で揉め事があったみたいでさ」
「……その揉め事、俺に関係あります?」
「話くらい、最後まで聞いてくれよ。順を追って説明するから」
何かとせっかちなラウールを諌めながら、バルドールが続きを語り始めるが……ノールは訓練士としてかなり優秀だったらしく、競走馬の馬主達がこぞってお抱えにしたがる敏腕トレーナーなのだそうだ。しかし、とある事情……ジョッキーを志望していた娘が落馬事故で亡くなってからというもの、表向きは訓練士を引退してしまったのだという。
「なんだけど……あいつは相変わらず、農場の馬なんかはきっちり躾けているみたいでな。サラブレッドでないにしても、あいつに躾けられない馬はいないとまで言われていた手前……場合によっちゃ、下手な競走馬よりも農場馬の方が優秀なもんだから。まぁ、当然ながら……お誘いがしつこい奴がいるのも、無理はなくてさ」
「あぁ……何となく、分かりますね。優秀な人材というのは望まずとも、抱えたがる連中がいるものです。で? それがどうして、俺に話を持ちかける事になるんです?」
「そう、急かすなって。で、どうも……そのしつこい奴の中に、ノールのカミさんの恋敵がいたみたいでな」
「はい?」
ノールは仕事もできれば、渋いダンディズムを余す事なく醸し出すナイスミドルとの事で……既婚者であろうとも、魅力もきっちり健在。その上、かつて奥様とノールを取り合ったらしい馬主・ウェンディはまだノールを訓練士としても、パートナーとしても諦めていなかった。その結果……妙な巡り合わせてやってきたシマウマをネタに、ちょっとした賭けを取り付けてしまったのだと言う。
「……なんでも、ウェンディはノールが訓練士を引退したのは、腕が落ちていたからだと吹っ掛けたみたいでな。その上、お転婆だった娘の落馬事故は母親の血筋が悪かったせい……なんて、まぁ、失礼も大概にしておけよって感じのことを言ったらしい。で、ノールのカミさんは怒り爆発ってなもんで。ノールの腕は落ちていないのをシマウマで証明してやるって、啖呵を切っちまったんだと」
「シマウマで……証明?」
「あぁ。今度、オルセコでニューイヤーレースがあるみたいでな。カミさんが言うことにゃ、レースでシマウマが優勝できなかったら、ノールはお前のもんだ……と、勝手にノールを景品に仕立てちまったらしい。本当、女の争いはおっかないよな。第一、シマウマが優勝できなかった時点で、ノールの腕は落ちているってことになりそうなんだが。その辺は度外視も良いところで、渦中のノールはシマウマで優勝できなかったら、農場暮らしをやめにゃならん。だが、あいつ自身は農場でのんびり過ごしたい……と。だからどうしても優勝しなければと、俺の知り合いにシマウマに乗れそうなジョッキーはいないかって、お声がかかったんだよ」
バルドールが言う通り、女の争いはげに恐ろしきものかな。しかも変な勝負が巡り巡った事案のオーダーは、シマウマに乗れそうなジョッキーときたもんだ。
「……シマウマに乗れるジョッキー、ですか? 第一、普通のサラブレッドの騎手だって、50Kg前後ですよね? 一応、申しておきますが。俺はこれでも、65Kgほどあります。大体、宝石鑑定士にそんな知り合いがいるわけ……」
「おや、そうかな? だって……そっちのバイクのエンブレム、陸軍のだよな? ロンバルディア陸軍は馬術訓練も相当やるって、聞いたけど」
「……バルドールさん、意外と目敏いですね」
要するに、バルドールの狙いはラウールを伝に、陸軍からそれらしい人材を紹介してほしいということらしい。だとすると……1人だけ、旧友にそれらしい相手に思い当たるが。彼女の狂気ぶりを思い出しては、一呼吸置くラウール。それでも……ここはその無謀っぷりも一緒に紹介はしてみて、諦めていただいた方が良さそうか?
「……あぁ。1人、適役になり得そうな方はいますけど……」
「お! 心当たり、あるのか?」
「えぇ。ただし……正直なところ、彼女の起用はお勧めはしません。多分、話をすれば面白そうだと乗ってはくれると思いますが。何分に、彼女……見た目は小柄でも、非常に凶暴な奴でして。バルドールさんも、聞いたことありません? アサルトライフルとブラック・フリージアンがお友達。嵐を呼ぶ黒薔薇……その名は、ロゼッタ・パドロン・ノアルローゼ。かの黒薔薇貴族の中でも一際異彩を放つ、御歳14歳の最年少准将とは、彼女のことですよ」
モーリスとラウールの入隊がその14歳だったことを考えても、彼女のキャリアはある意味で異常ではある。しかし、実力主義の理念に相応しく……ロンバルディア騎士団は資質さえあれば、年齢も性別も関係ない。おそらく、彼女ほど騎士団の気風を有効活用している人材もそういないだろう。




