疾走せよ、ゼブラジャスパー(1)
【フフフ〜、フフッフフ〜ン♪】
「ジェームズ、随分とご機嫌ですね……。そんなに、お嫁さんとの逢引きが楽しみなのですか?」
【べ、ベツにそんなコトはないぞ? そもそも……ディアブロ、ヨメチガう!】
「ふぅ〜ん……?」
まだまだ寒空が広がる日差しの中。バイクで向かうは、いつものオープンカフェ。キャロルを送り届けた後、ちょっとした約束があって、雪解けを待つばかりの草原を走るものの。どうも、当のジェームズはお気に入りのゴーフルよりも、美人のドーベルマンに会うのが楽しみで仕方ないらしい。本人は断固として否定をしているものの、先ほどからご機嫌な鼻歌が漏れている時点で、無駄な抵抗だとラウールは苦笑いしてしまう。
【それは、そうと……ラウールはケッキョク、ジャケットをシンチョウしソコねているな? アタラしいの、カわないのか?】
「まぁ、正直に言えば……ライダースジャケットも新調したかったのですけど。なかなかに、気に入るものが見つからないのです。それに、フルレザーでプロテクターもしっかり入っている物は、いいお値段もしますし」
そんな弁明を頂きつつ……ジェームズはラウールがかなりの我慢をしているのを、知っている。キャロルの衣装に、勉強道具に、そして怪盗紳士としての様式美でもある寄付に。憧れのツバメコーヒーの限定ブレンド(新年限定パッケージ)さえも諦めていた時点で、彼の金欠具合は相当だろう。
【そんなんだったら、コジインとやらへのキフをヤめればいいのに】
「そうは行きませんよ。今まであったものが途絶えたら、代替わりしていることに勘付かれるかも知れないでしょう? それに……」
【それに……?】
「継父にできたことが、俺にはできないなんて、屈辱的にも程があります」
【……ラウールはホントウにイジっパりだな……】
ラウールは怪盗紳士としての様式美を引き継ぐと同時に、先代に対して並々ならぬライバル意識を燃やしているらしい。しかして、それは偏に憧れなのだろうと見抜いては……これ以上、突っつくのも可哀想だとジェームズは口を閉じる。それでなくても、そろそろ中央街のメインストリートに差し掛かり始めている。……お喋りを止めるのにも、頃合いというものだ。
***
「あぁ、わざわざ来てもらって悪いな、ラウール君」
「いいえ? どうってこと、ありませんよ。しかし……如何しましたか? バルドールさんが俺に相談事だなんて」
ラウールがいつものカフェに足を伸ばしたのは、何もジェームズのリクエストがあったからではない。ラウールを呼び出したのは、バルドール・グランタ……かつてメーニックの闘犬場で元チャンピオン・ディアブロのトレーナーをしていた男で、今はロンバルディア中央街を中心にドッグトレーナーを生業としている。しかし、ここ最近の事情も相まって……彼の方は恐らく暇ではないはずだが、相談事とはどんな内容なのだろう?
昨今のペット飼育頭数が飛躍的に上がったロンバルディアでは、殊に犬の飼育にはかなり厳しいガイドラインが設けられている。常に口輪をしなければいけない訳ではないが、危険犬種もしっかりと定められており……それでなくても、犬にきちんと躾を施しているか否かで、行動範囲が格段に変わってくる。その上、犬がやらかした粗相の責任はキッチリ飼い主が負わなければならないため、万が一、傷害事件に発展でもすれば。一気に、留置所送りにもなりかねない。
そんな事情に加えて、飼い犬には登録鑑札と注射済票も必須。片方がないだけでも罰金の対象になるため、犬と暮らす上での躾と手続きをするのは、最低限のマナーでもあった。
「犬の躾は中々に難しいと聞きますし……ディアブロを見れば、手腕は一目瞭然でしょう。きっと、お仕事もお忙しいのでは?」
「あぁ、お陰様でな。小型犬がブームとは言え……最近は大型犬も、ちらほら一般家庭でも見るようになったし。今の所、仕事は順調だよ」
だとすれば、ラウールに相談なんて必要ないようにも思えるが。注文通りのゴーフルをお嫁さんと仲良く頂いている、ライムグリーンの瞳が美しい婿殿の頭を撫でながら……バルドールがため息混じりで相談事を呟き始めた。
「俺の知り合いに、サラブレッドの訓練士がいるんだが……どうも、変わり種の動物が手違いで入ったとかで、困ったことになっているらしい」
「変わり種の動物?」
「あぁ。ラウール君はシマウマ、って知っているか?」
「シマウマ……ですか? 南国・マーキオンとかのサバナにいる……白黒のアレでしょうか?」
「あぁ、それそれ。よく、トーキーアニメとかでライオンに虐められている奴な」
その喩えはどうなのだろう。多分、あの手のアニメでシマウマが哀れな被害者になりがちなのは、モノクロフィルムでもしっかりと目立つからだと思うが……。
それはさておき。馬は馬でも、サラブレッドの訓練場にシマウマとは。確かに、これは大いなる手違いではあるだろう。




