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アンダルサイトのから騒ぎ(43)

「あのマリア像の微笑みは、どこか悲しい気がしました」

「そうだね。しかし……ふむ。ジェームズがこの美術館を残して欲しいと、懇願した理由は何だったのでしょうねぇ……?」


 反省会から一夜明けた、次の日。ラウールはキャロルとジェームズを連れて、ジェニバー美術館を訪れていた。

 ヴィクトワールの報告によると、ロンバルディア国内で「笑顔を讃える悲しみの聖母」が拝める場所は4カ所とのことで……迅速かつ的確に、世にも恐ろしい彼女の魔の手が伸ばされたのだが。そんな中、何やらジェニバー美術館に相当の思い入れがあると見えて、ジェームズがお取り潰しの沙汰に盛大な駄々をこねたらしい。

 その理由を探そうと、気分転換がてら美術館にデートにやって来ていたが……ラウールもキャロルも、それらしい原因を見つけることができなかった。そうして、そろそろ帰りましょうかと……2人が答え探しを諦めかけた、その瞬間。どんな美術品よりも鮮やかに、正答を見せつけるジェームズの姿が受付カウンター下にあった。


【ハゥゥン(ビジュツカン、ノコってアンシン)!】

「いやぁ〜……ワンちゃんは相変わらず、お利口で格好いいねぇ」

「本当。ワンちゃんがいるだけで、他のお客様も嬉しそうだし……本格的に看板犬になってもらえるよう、()()()館長さんにお願いしてみましょうか?」

「……なるほど。原因はこんな所にあったのですね……」


 ジェームズはおそらく、自分の身を寄せてくれた()()()の職を奪いたくなかったのだろう。結局、館長をロンバルディア側で手配した学芸員に挿げ替えることで、ジェニバー美術館は難を逃れていたが……普通ではあり得ない、大甘判定の()()である。


「ジェームズ、ただいま」

【ハゥン(もうちょっと、ゆっくりしていてもヨかったんだぞ)……?】

「そう、名残惜しそうにしなさんな。それにしても……ウチのジェームズが随分とお世話になったようで。ありがとうございます」

「いやいや。こんなに素敵なアルバイトであれば、いつでも歓迎ですよ。なぁ!」

「そうですね。あ、そうそう。そう言えば、お客様。もし宜しければ、最後にお土産も見て行かれませんか? 今日から丁度……我が美術館の()()()のグッズが発売されているんですよ?」

「招き……()?」


 招き猫ではなく、虎とはこれ如何に。妙な商品名に首を傾げるラウールが、嬉しそうに商品を紹介してくださる売り子さんの手元を見やれば。そこには目眩を禁じ得ない、可笑しなマスクのチェシャ虎の人形がニタリと微笑んでいた。


「か、可愛い〜! これ、もしかして……」

「そうですよ! ウチのマリア像を()()()()にした、怪盗紳士のフォーチュングッズです! これさえあれば、ご利益も幸せも倍増間違いなしですッ!」

「いやいやいや……。怪盗紳士も所詮は泥棒でしょうに……。それを開運グッズに仕立てるなんて……」


 どうかしているとしか、思えないのですけど。しかし、悲しいかな。キャロルは妙にデフォルメされた、紫色の瞳の人形が痛く気に入った様子。ゴソゴソとポシェットから財布を取り出すと、早速、1人くださいと……お買い上げの意思を伝えていた。


「って、キャロル! そんな物、どこに飾るつもりですか⁉︎」

「もちろん、お店のカウンターに飾りますよ? ……フフフ。何を隠そう、私は例の大泥棒さんの大ファンなのです! 素敵な怪盗さんの記念品(思い出)くらい、持ち帰っても……()()()には怒られないと思います」

「大ファン……?」


 それって、つまり……え〜と?

 不意打ちで頂いた、多大なるご好意のお言葉に……これは素直に喜んでいいのか、()()()()に嫉妬した方がいいのかを、本格的に悩み始めるラウール。そうして、どっちに転んでもカウンターに変な人形が居座ることは避けられないと諦めて。ここはあなたの意思を尊重しましょうと、お決まりのポーズで肩を竦めるのだった。


***

「あなたが、新しい私のお世話係なの?」

「はい……アンリ様。お初にお目にかかります。紅柱石(ノートルダム)・ナンバー12、と申します……」

「その呼び名……何だか、嫌な感じ。ねぇ、私があなたにお名前をつけてもいいかしら?」

「えぇ、是非に。そうして頂けると、嬉しいです」


 レイラだった頃の惨めな記憶を刷新しようと、アダムズに紹介された新しい主人に2つ返事で改名を許す、ノートルダム。アダムズの娘……アンリはカケラ達を無碍に扱うつもりもないらしい。尚も真剣にウムムと悩んでは……素敵な名前を思いついた様子。ガチャリと不自然な金属音を響かせながらも、無邪気な笑顔で従者の新しい名前を口にする。


「でしたら、今日からあなたはエクスピアシオン(贖罪)……愛称・シオンよ! どう? どう? 素敵な名前じゃないかしら?」

「えぇ、とっても素敵なお名前をありがとうございます。断罪を頂くこの身に……とても相応しい名前かと存じます」

「うふふふ……でしょう? 私、あなたを気に入りましたわ。見ての通り……色々と手を借りることもあると思うけど、これからよろしくね。シオン」

「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します。アンリ様」


 従順で柔和な新しいお世話係を手に入れて、アンリのご機嫌もまた、とても麗しい。それは何も、素敵なお友達ができたからだけではない。目障りな父親の旧友(タラント)を握り潰せたから……という残酷な理由によるものである。


「まさか、アンダルサイトがこんな所に転がってくるなんて……思ってもみなかったけど。やっぱり、お母様は素晴らしいわ。ちょっと手紙を出しただけで、ここまで全てを丸く収めてくるのだから」

「アンリ様のお母様?」

「あぁ、こちらの話。何にしても……本物のマリアが、こうして来てくれたのですもの。私、とっても気分がいいわ」


 タラント・ハッター、シャペルリ……無論、その名はいずれも偽名である。彼の本来の名はロード(君主)でもなく、ハッター(仕立て屋)でもなく……生まれついての暴君、タ()ラントだった。

 領主の皮を被った暴君は、コーネから命からがら逃げて来た暁に、旧友でもあり、膨大な()()()()を有するアンリの父・アダムズに助命を乞うた。しかし、常々暴虐(自己主張)が過ぎるタラントはアンリが住まう屋敷にも上がり込むようになっては、大好きな父親との時間を遠慮なく削り始めて。それが……小さな女帝・アンリには、何よりも許せなかったのだ。


(ふふふ……お父様とお母様は私のものよ。誰にも……渡しやしないわ)


 自分の下半身と同じ、素敵な特注品を右腕に持つ母親に想いを馳せながら……櫓を遊び場にしていたじゃじゃ馬(アンリエット)は、雪を照らす柔らかな日差しをうっとりと見つめている。いつか来ると信じた再会を夢見て……少しだけ今回は暴れすぎたと瞳を閉じては、貴重な日差しを受けるその温もりが、今は何よりも心地いい。

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