アンダルサイトのから騒ぎ(42)
後始末はサッサと別部隊に押し付けて。2人で15点分の失点について、反省会を開こうと思っていたのだが。まずは、相棒を慰める方が先だと……腕の中で涙を零すクリムゾンが落ち着くのを待つグリード。
「……大丈夫ですか、クリムゾン」
「はい……すみません、グリード様。泣いている場合じゃないのに……」
「気にする必要はありません。……誰かのために涙を流せるのは、とても素敵な事です」
満月の下、2人きりの屋根の上。そんな急拵えの特別会場でクリムゾンの綺麗な涙を見つめながら、一方のグリードは2つの疑問について考えを巡らせていた。
1つ目は肝心のアンダルサイトの行方について、である。
世間ではグリードが盗んだことにされているが、本人は身に覚えがない時点で、それは真っ赤な嘘である。そして……残念なことに、アンダルサイト自体は結局、見つからなかった。
更に、不可解な点がもう1つ。アンダルサイト盗難にまつわる、依頼についてだ。
そもそも、ホワイトムッシュ宛に捜索の依頼があったのが不思議でならない。グリードからすれば、甚だ不服ではあるが……彼らにとっては、かの宝石は盗まれた事にしておいた方が遥かに都合もいいはずである。それなのに……まるで、彼らの罪状を調べてくれとばかりに依頼を出したのは、果たして誰だったのだろう。
(ホワイトムッシュへの依頼は基本的に匿名……。しかし、通達ルートが限られている以上、虚偽も少ないはずなのですけど……)
グリードがあれやこれやと、頭の中で逡巡していると。彼の思考を途切れさせるように、気取った口調の声が響いてくる。そんな声の主を見やって……グリードは内心で舌打ちすると同時に、警戒を滲ませる。
「……こんな所で奇遇ですな。金緑石ナンバー3に、ホロウ・ベゼル。そうか、君達も高い所が好きなクチかね?」
「……これ程までに、胸糞悪い奇遇はないですね。何をしに出てきたのです、金緑石ナンバー1」
誰も割り込んでこないはずだった、特別会場に突如、乱入してきたのは……自身の生みの親でもあり、カケラの災厄でもある危険思想の探究者、アダムズ・ワーズ。意趣返しとばかりに、グリードが正式名称で呼んでやれば……さも、愉快と歪んだ笑いを零す怪人だったが。満足した様子を見るに……どうやら、今宵のソワレは彼にとって、この上ないエンターテインメントになり得たらしい。
「いや……まさか、君があの力を使いこなすまでに成長しているとは思いもしませんでした。ふぅむ……あれ程までに、力を使うのを嫌がっていたというのに……まぁ、その元凶を勘繰るのは無粋だろうかね。あぁ、そう怯えんでもよろしい。私がこんな所にお邪魔したのは、他でもない……報告と返礼をしてやろうと思ったからなのだが」
「報告に……返礼?」
所々に、誰かさんと同じ趣向の嫌味を混ぜながら、ご機嫌麗しいアダムズが背後の従者に前へ歩み出るように促す。そうして、姿を顕したのは……メイプル色の虚な瞳に、胸に十字を刻んだ1人のレディ。彼女の面影に、心当たりがあるのだろう。腕の中で俄かに震え出すクリムゾンの背を摩ってやりながら、まずは1つ目の答えが見つかったと……グリードは尚も、アダムズを威嚇するように睨みつけずにはいられない。
「……レイラさん……?」
「あなたは以前の私を知っている人? いいえ……私はもう、レイラではないの。今は……紅柱石・ナンバー12と呼ばれているわ」
「Notre-Dame、我らの貴婦人……ですか。それで? その偽マリアが、俺達に何の用です」
「……あなた達にご伝言をお願いしたくて、参りました。私が馬鹿だったばっかりに……折角できたお友達から、大切なものを奪ってしまったの。ですので……彼女にごめんなさいを伝えて欲しいのと、これを返して頂きたいのです」
心の底から申し訳なさそうに、ノートルダムが擦り切れたワンピースのポケットから、2人にとってもあまりに見覚えのある婚約指輪を差し出してくる。その指輪を震える手で、受け取りながら……確かに預かりましたと、クリムゾンが小さく答えれば。彼女の答えを聞いて、少しばかり安心したのだろう。どこか悲しげな笑顔を見せながら、覚悟と一緒に静々とアダムズの所へ帰っていく。
「……あなたは、そこの怪人がどんな相手が存じているのですか? そいつと一緒に行けば、きっと……」
「えぇ、分かっています。私の先に広がるのは、7つの責め苦よりも過酷な、贖罪の道中でしょう。ですが……そうですね。自身の罪だけではなく、愚かな父の罪を償うためにも……悲しみの聖母になりきるのも、悪くありません」
「そう。でしたら……お行きなさい。しかし、その“ごめんなさい”は自分自身の言葉でしっかりと伝えるべきです。それができる日まで……いつまでも待つようにと、あなたのお友達に、しっかりと伝えて差し上げますよ」
そうして頂戴……既に涙も流せない嘆きの表情で、口元だけ微笑んで見せては狂気の探究者と共に掻き消えていく、虚な悲しみの聖母。澱んだ虚無感を沸々と思い描きながら……結局、残ったものは外側だけの空っぽな偽物だけだと、忌々しく鼻を鳴らす。原因が吹き溜まっていた美術館のから騒ぎの顛末さえも、非常に不愉快と……グリードは何かを誤魔化すように、ようやく満月を仰ぎ見た。




