アンダルサイトのから騒ぎ(40)
「流石、トッププレイヤーの狩りは派手ですね、父上。それで……」
『そうだな、そろそろ頃合いだろう。計画通りに、お前達はレディ達の救出に向かってくれ』
「了解。さ……行きますよ、皆さん!」
派手な破壊音と一緒に夜空へ舞い上がったのは、満月にハッキリと異形の形を映し出す漆黒の魔竜。更に、その首に紅蓮の鎖を巻きつけて一緒に飛び出したのは、彼らの切り札でもあり、誰よりも難物落としを得意とする孤高の虎・アレキサンドライトだった。彼らが連れ立って雲の彼方へ見えなくなると同時に、アンドレイの部隊が被害者の救出に動き出す。
広大な白亜の城にあって、ターゲットは地下に監禁されているらしいとあらば……人数にものを言わせて、目的地を探り当てるのも、スマートなやり方というもので。そんな実働部隊の中にあって、リーダーを任されたのはアンドレイの息子であり、ロンバルディア騎士団の少将でもあるキャメロ。無線機から父親の指示を受け取ると、部下達に的確に指示を出し、自身も颯爽と城内へ侵入し始める。
「ふぅ……ここでしょうかね……? おっと、ビンゴ! 人数は……3人でしょうか? 父上、聞こえますか?」
『聞こえている。しかし……1人少ないな。キャロルさんのご学友は4人だと聞いていたのだが……』
もう1人は別の場所でしょうか……なんて、無線機越しに呆れ声で報告しつつ。キャメロの目の前に広がるのは、ある意味で悲惨な光景だった。手足を縛られ、自由を奪った挙句に……無造作に部屋に転がしておくなんて。若い淑女に対する扱いとしては、あまりに失礼である。
「こいつは、酷い……。とても、立派な紳士がすることではありませんね……。あぁ、怯えなくても大丈夫です。私はキャメロ・ロイス・ノアルローゼ。ヴィクトワール団長の命を受け、皆様を助けに参りました。さ……すぐに自由にして差し上げますよ」
「ノアルローゼ……?」
「おや? そちらのレディは、私の事をご存知で?」
獄中にあって、ややぽっちゃり目の目方を維持している淑女はキャメロの家名に聞き覚えがあるらしい。少しばかり興奮した様子で、場違いにも頓狂な声を上げてはしゃぎ始めた。
「ま、まさか……こんな所でノアルローゼ様にお会いできるなんて! 私、ヴィオレッタ・ブキャナンと申しますの! 何を隠そう、ロンバルディア中央署の警視の娘ですわ!」
「さ、左様ですか? えっと……あなた様の身の上はともかく、今は脱出を第一に考えてください。ですので……お静かに願います」
まぁ、私としたことが……とわざとらしく呟くヴィオレッタの視線を受けて、キャメロは思わず身震いしていた。一方で、ヴィオレッタは運命の出会いに興奮冷めやらぬ様子。鍛錬で引き締まった体躯に絶妙にマッチする、焦茶色のカーリーマッシュ・ヘア。顔立ちはキリリと精悍な上に、瞳はトロリと艶のあるディープ・ブルー。ラウールとは方向性は明らかに違うものの……相手はヴィオレッタの大好物、貴族のハンサムボーイ。これは狙わない手はないと、勝手に素敵な第3幕を妄想しては、身柄を解放された気分も軽やかに。同じ苦難を味わったはずの学友もそっちのけでいそいそと、ヴィオレッタはキャメロの隣をキープし始めるのだった。
***
紅蓮の剣戟を無慈悲に浴びせられた上に、閃光の拘束を首元に容赦無く与えられて。痛みで床にのたうち回るのはあまりに不恰好だと……ありったけの咆哮で、上空への逃げ道を確保したと言うのに。チェシャ猫ならぬ、獰猛な虎というのは、随分と執念深いものらしい。狙った獲物は逃がさないとばかりに、手元の魔剣を炎を吹き出す鎖鞭に器用に変じて見せると、桎梏を易々と首に巻きつけてくるのだから、敗走を余儀なくされた原初のカケラとしては、この状況は不愉快にも程がある。
【クソッ……! クソッ、クソッ! ドウシテ、私ガ逃ゲナケレバナラナイ⁉︎ 私ハ……】
「この世界で、ずっと王として生き続けるのだ……でしたっけ? Malheureusement……お生憎様。この国では、あなたのような暴君はお呼びではないですが……かと言って、このまま卑しい怪物を野放しにするつもりもありません。ですから……そろそろ、幕引きといきましょうか! クリムゾン!」
(はいっ! 行きますよ、グリードさん!)
風変わりな空中散歩、多分2回目。どうも怪物というのは、揃いも揃って空を逃げ回るのがお好きらしい。間違いなく、これはデジャヴというヤツなのだろうと思いながらも……クリムゾンがタイミングを合わせて手元を緩めたと同時に、変身も鮮やかに魔剣の姿に戻る。そんな相棒を怒りと一緒に振り抜けば、スパリと黒燐の翼が寸断された。
2人がタイミングを見計らっていたのは、他でもない。存在そのものが非常識な怪物を落とすポイントを見定めていたためだ。そうして、狙い通りに誘導した場所で、翼を一思いに落としてやれば。ブランローゼ城の枯れた茶色い花園に、これまた威厳もすっかり枯らしたジャバヴォックが墜落する。そんな彼とは対照的に、鮮やかに枯れ野原に降り立つグリード。しかし……。
「あぁ、相棒と挑む初舞台なのに。降り立った先が枯れた薔薇園では、演出が台無しですねぇ……。それはそうと、クリムゾン。気分はどうですか? ……少し、力を使わせ過ぎてしまいましたね」
「えぇ、大丈夫です。それはそうと……」
【グルルルル……私は負ケナイ……! 負ケル筈ガナイノダ! ナゼナラ、我コソハ青玉ノ王! 金緑石ノ若造如キニ、遅レハ取ラヌ……!】
クリムゾンが心配そうに見つめる先には……翼を落とされ、首の傷口からボロボロと鱗を溢しながらも、まだ口元に執念の青い火粉を散らしているジャバヴォックの姿があった。朧げながらも、鋭い青の双眸を見つめ返すに……まだ、彼にはこの世界への未練がタップリある様子。
「ふむ……まだ、諦めていませんか。これだから、身を弁えない帽子屋はいけませんね。ワンダーランドのマッド・ハッターと同様に、終わる事のないお茶会の中だけで生きていれば良かったものを。それが無遠慮に王様を気取るから、いけないんです……って、あぁ、失礼。あの童話では、ハートの王様はハートの女王に権威を全て持っていかれていましたっけ?」
結局、どっちにしても惨めですねぇ……と、クリムゾンを丁寧に降ろしながらニタニタと笑うチェシャ。あまりに不遜な若造に、一方の古き王はいよいよ怒り心頭と……今度はけたたましく牙を鳴らし始めた。
「おや……本当に化け物は往生際が悪いのですね。こんなところで、同胞を屠るとは……!」
【同胞……? 笑ワセルナ! コイツハ、唯ノ苗床ダ! 私ヲ王トスルベク、生ミ出サレタ神ヘノ供物……。ソレガ、浄化ノ彗星ノ培養品ノ正シイ使イ道!】
正しい使い道……か。研究室の破壊と同時に、衝撃で放り出されていたらしい哀れな試験体を試験槽ごと飲み込むと……王にしては随分と下品なゲップをしながら、ジャバヴォックが器用に試験槽だけ吐き出して見せる。そんな暴虐に再び、沸々と込み上げる感情を抑え込みながら……リベンジマッチをまだまだ続けるつもりらしい暴君に、改めて向き直るグリード。
カケラは確かに人であって、人ならざる者と解釈はされる。だが、彼らに感情がないわけでもなければ、命がないわけでもない。その確かな存在さえも、消費することが正しいと勘違いしている暴君は、懲りもせずアンコールをお望みらしい。馬鹿げたソワレのカーテンコールにもしっかりと応じるべく……グリードは思わず、青の輝きを強か睨み返していた。




