アンダルサイトのから騒ぎ(39)
相手の手元にある拘束銃は、確かに本物。威力も効力も寸分違わぬ、本来であれば、決定打になりうる手段には違いない。しかし……所詮、引き金を握るのは初心者ユーザーである。
タラントは拘束銃の特徴も把握しきれていなければ、束縛に対する抵抗手段があることも知らないらしい。これだから、物の道理を弁えていないお粗末な異端者は滑稽なのだと……余裕の牙を口元に見せながら、手元の灼熱を余すことなく振るうグリード。
「な……! どういう事だ⁉︎ 拘束銃が効かない……?」
「そりゃ、そうでしょう。そもそもジェムトフィアは本来、欠陥だらけの扱いづらい武器です。俺自身は普段、単独で動くことが多いものですから、あまり意識したことはないですけど。例えば、月長石達の狩りは基本的にチームプレイだったりします。そんな混戦の中で、味方に被害が及ぶようでは、元も子もありませんからね」
かつて大きな青い海鳥の背中で、装備なしの相棒を巻き込まないように苦慮したのも思い出しながら……本当に存在意義共々、扱いにくいと皮肉混じりに鼻を鳴らさずにはいられないグリード。
ホワイトムッシュの任務に参加するカケラには必ず、アディショナルの改良版でもある仮面が支給されるのは、何も正体を隠すためだけではない。もちろん、能力の付加や底上げという目的が大きいものの。隠れた効果として、拘束銃を無効化する性能も備わっていた。
「ジェムトフィアは非常に癖の強い武器でしてね。光弾の効果範囲が非常に広いため、密集した相手の中からターゲットを選り分けるのは至難の業です。そんな中、チームで連携しなければならないとなったら……味方を誤射する可能性も十分に考えられます。ですから、正統派側にはしっかりと誤射の予防策が用意されている、という訳です」
幾度となく閃光の煌めきを手元の灼熱で覆しながら、さも意地悪くグリードが自身の仮面を人差し指で示して見せる。その下で弓形に吊り上がる口角はまるで、ニタニタと気味悪く笑うチェシャ猫そのもの。しかし、マスクの奥に紫色の怒りを忍ばせて唸る様相は……既に猫には程遠い、可愛げのあるものではなかった。
「くっ……! このまま、2度も同じ相手に降される訳にはいかん! 私は……原初のカケラの1人なのだ! お前達のようなヒヨッコに後塵を拝する等、有り得ぬこと!」
「左様で? しかし……そんな時代遅れの考え方しかできないから、リベンジマッチも同じ轍を踏む羽目になるのでしょうに。そうそう、あなたみたいな存在を世間様では老害って言うんですよ。カビの生えた価値観を刷新もできずに固執して。歳をただ重ねただけなのに、自分は偉いのだと勘違いして。ただ長生きだというだけで、他者を食い物にしていいだなんて……思い上がりも甚だしいッ!」
「うるさいッ! 私からコーネを取り上げたお前が……偉そうに、何を言う!」
武力だけではなく、言論でさえも上から押さえつけられて。かつて受けた屈辱も思い出し、タラントは首元の逆鱗を自分自身で勝手に刺激したらしい。この役立たずと、折角の新しいおもちゃを忌々しげに放り出すと、いよいよ化け物の本性を顕す。不気味な黒い鱗に、煌々と揺らめく青い瞳。しかし……両の角は威厳ごと手折られたままの状態だった。
(これが……館長さんの本来の姿……!)
「えぇ、そうですよ。……核石に取り込まれ、自我を失った愚か者の姿です。さーて、と。今度は仕留め損ねるなんて、ヘマはしません。今度こそ……きっちり、その首を刎ねてしまいましょうか!」
【コノ、生意気ナコワッパガ! 私ハ負ケナイ……負ケル訳ニハ、イカヌノダッ‼︎】
おそらく前回の反省が生きているのだろう。ジャバヴォックの姿は以前と変わらないように見えて……よく見れば、首元がやや盛り上がっている。きっとグリードに首根っこを押さえられてからと言うもの……彼は性質量を補填すると同時に、首元の防御を分厚くしてきたのだろう。だからこそ、角を再生するまでに至らなかったのだろうが……しかして、今回の相棒は正真正銘、本物の原初の彗星・純白の竜神相手でさえも核石の掘削を可能にした、神殺しの炎。今のジャバヴォックはグリードが単独で鎮められる相手ではないだろうが、2人で挑めば勝機は十分にある。
そうして、コーネでの出会いと自身の存在意義とを存分に発揮しようと……左手には灼熱の魔剣を、右手には閃光の魔弾を。両の手に、それぞれの覚悟を携えれば。どんな怪物にも負けはしないと、グリードはかつてない高揚感に身を震わせるのだった。




